金子さんからの質問:
重要な会話のとき、キャラクターが互いを見ずに夕日や星空を眺めるのが海外の人には不思議に見えると聞いたことがあるのですが、これは本当でしょうか。
あるとしたら、それには文化的な違いが働いてるのでしょうか。
|
|
映画やドラマではよくありますよね、相手がウソを言ってるんじゃないかと思うとき、「ちゃんと眼を見て言え」と。視線をそらして言うと、それは相手が本心を言っていないと思われてしまうのです。
あるいは、疑われているとき「これが嘘をついている目か!?」と相手に問いただしたりすることもありますね。
目は口ほどにものを言う…まさにそんなところです。
|
ここで一言:
「目は口ほどにものを言う」ですが、英語ではどう言うのでしょう?
ことわざではこんなものがあげられます:
1)The eyes are eloquent as the tongue.
2)The heart's letter is read in the eyes.
3)The eyes have one language everywhere.
4)The eye is the window of the soul.
1)が、一番日本語にも近いですよね。古今東西、目力は大事なコミュニケーションツールなのです。
|
|
|
さて、質問の「海外の人には不思議に見える」のかどうかですが、まわりにたくさんネイティブがいる環境なので、さっそく聞いてみたところ…
「僕は日本人じゃないけど、おかしいと思ったことはないし、他の人がそう言ったのを聞いたこともないよ。何せドラマチックな効果を得るためにやっていることだし。」
との答えが返ってきました。
彼の言うように、キャラクターが互いを見ずに夕日や星空を眺める、というのは文化的な違いというより、むしろ演出上の効果を狙って、というのが最大の理由としてあるのかもしれません。
|
|
これを裏付ける例をあげましょう。
先日放映されたNHKの「BSアニメ夜話」という番組で「鋼の錬金術師」がとりあげられたとき、本作のストーリーエディターの會川昇氏が非常に興味深いコメントを述べていました。
物語終盤のある重要なシーンで、人物の会話がかなり長く続くのですが、要約すると通常は風景や心象イメージなどに声をかぶせるところを、レイアウト上、つまり実写でいう「カメラ視点」から人物を外さずに語らせる、という難しい演出方法を水島監督があえてとった、と語られています。
それでも車内でしたから、お互いの瞳を見ながらではないのですが…
|
こころのつぶやき:
このシーン、ロイはちらちらと何度かエドの方を見てたんですけどねえ。(笑)エドは瞳をまっすぐ前に向けたままでした。
これはボディランゲージで、ロイがエドの反応を気にしていること(自分と一緒に来ないかと聞いているため)、エドは自分の信念をまっすぐ貫こうとする姿勢の現われ、と捉えることができます。
こうした細かい演技も、アニメーションは動くものすべて意図があって動かしているので、私たちは無意識にそのシグナルを読み取っているのです。
|
|
|
ただし、私個人はいくぶん文化的なものもあると考えています。アメリカは多民族国家で人種のるつぼですから、意思疎通を図るときにきちんと相手の目を見て、言葉に出して言わないと伝わらない、というのが根底にはあるのかもしれません。
日本人は照れくささから、視線をわざとそらすこともありますが、それは国民のほとんどが同じ文化と歴史、言語を共有しているため、相手が何も言わずとも自分をわかってくれるだろうという前提が働いているのです。
|
|
こちらの例はアニメではありませんが…
アンソニー・ホプキンス主演の「日の名残り」という映画を皆さんはご存知でしょうか?
この作品をつい先日観なおした際に、ジェームズ・アイボリー監督のオーディオコメンタリーで興味深いものがありました。新しく屋敷の主人となったアメリカ人が非常にフレンドリーに接してくるため、ホプキンス演じるイギリス人執事がどう対応していいのかわからず、主人と目があわせられない、思わず視線をそらしてしまう、というものです。(ちなみにこのシーンは本編からはカットされたものです。)
昔のイギリスはとても厳しい階級社会だったので、主人が執事に対して友達のように振舞う、ということはなかったのです。
アイボリー監督はアメリカ人なので、撮影に協力してくれたイギリス人貴族や王室付きだった元執事にいろいろ聞きながら撮影していったと解説しています。
この他にも、執事が自分の父を屋敷で雇ってもらうために、貴族の主人に紹介する際に果たして二人は握手するものなのか、わからなかったそうです。
アメリカ人なら普通は身分に関係なくこれからよろしく、と握手するからです。でもイギリス人貴族が「私はしない」と言ったので、握手させるのはやめたそうです。
同じ英語圏であるイギリスとアメリカでもこれほどの差があるのです、アニメの中の演技も様々な見方ができて当然なのかもしれません。
|
|
また逆に、例え文化が違っても同じ人間どうしなわけですから、ユニバーサル(万国共通)なボディランゲージもあるわけで。
そうしたところも考慮しつつ、誰もがメッセージを同じく理解できる演出をしていけるのが、一流の演出家であり、あるいは演出の醍醐味なのかもしれません。
|
|
おまけ:
『海猿』がニューヨークでなぜか爆笑される!
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060719-00000005-flix-ent
これはアニメではありませんが、演出方法が文化の違いにより、裏目に出てしまった例かもしれません。
やはりプロポーズするときは相手の目を見ながらでないとダメってことなのかも?
もともと携帯などを使って、相手に愛を告白することがアジアでは抵抗感が低いようですが…
感情表現にお国柄?-アジア携帯メール事情
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20061094,00.htm
日本だけじゃないとわかると、なんだかホッとしますね。(笑)
|
和製アニメ・マンガ海外事情に関する質問募集中です。
|
 |
|
| ではまた次回。 |
| Ciao, |
| Romy |