ども、「パプリカ」観てきたロミです。更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
さて、前回に引き続き、いただいた3つの核心的なご質問の今回はその2の後編(4)(5)です(なんだかややこしくなってしまいましたね…)。
ズバリ「和製アニメ/マンガって海外ではどうよ?」という問いに対し、次のような形でお伝えしていきます。
第22回 その1 アニメ・マンガはどの程度サブカルなの?
第23回 その2 アニメに対する偏見の実像
第24回 その3 アニメファンは一般人からどういう風にみられているのか?
前半はアニメに対する偏見について見てきましたが、後半はアニメファンの人に対する偏見についてです。
その2 後編 ■アニメに対する偏見の実像
userさんからのご質問をおさらいしましょう:
現在の北米での日本のアニメへの偏見みたいなものはどの程度なのでしょうか?ここでいう偏見というのは、例えば、アニメといえばディズニーしか認めないとか、2Dは3Dに劣るものだ、子供向けだ、などです。あとは、これはもちろん日本でもみられる現象なのですが、あまりアニメに詳しすぎると同年代から気色悪がられたり、つまり、オタクはキモイみたいに思われているのでしょうか?
もし、そういう事態に陥っていた場合、漫画やアニメは特殊な人が見るものだ、という考えが一般的になり漫画、アニメの普及に大きな影響があると思うのですが、そのへんどうなのでしょうか?
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今回は後半部分のいわゆるオタクの人がどう見られているのか、果たしてそういう人たちは特殊なのか、を見ていきたいと思います。今回は後半部分のいわ
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| . アニメ&マンガ世代が生まれはじめたアメリカ |
ヨーロッパではかなり以前から和製アニメが普及し、それを見て育った世代が世の中で働いています。ところがアメリカでは80〜90年代にかけて和製アニメ/マンガの不遇な時期が長期にわたったので、爆発的に普及した今、やっとアニメ世代が育まれてきている、という段階です。
今後このままアメリカ文化の一部として定着するかどうかはまだわかりません。ただ、私が肌で感じることは、少なくとも「anime/mangaと呼ばれる日本製のコンテンツが入ってきている」という認識の広がりです。
かつてないほどに近年アジアからの影響は強くなってきていますから、好きか嫌いかはともかく、「知っている」という人は増えてきています。
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| それでもやはり人前では「恥ずかしい」? |
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実際、マンガを読む子の意見を聞いてみると、人前(バスの中や電車の中)で読むのはちょっと恥ずかしい、と年齢が少し上がると思うようになるそうです。なぜかというと、マンガは右開きだからです。
アメリカの一般書籍とは逆方向に読むわけで、それが自意識過剰なティーンともなると「人が見たら変だと思わないだろうか?」と人目を気にするようになるのです。
前回、私の会社の同僚のお子さんが通う高校にはアニメクラブが4つもあって「ナルトクラブ」も新しくできた、とお伝えしました。クラスに1〜2人アニメ・マンガ好きがいるという具合なのかもしれません、とも推測しました。
ですがこの「好き」というのも、他のクラスメートは知らないか興味がまったくない中で、自発的に情報収集をしたりコレクションしたりして好き、というものです。
日本と違うのは、アニメ・マンガについてクラスの皆が一般的な常識として知っている(つまり「昨日の○○見た?」と話題になる)、というよりも逆に知っていると「物好きな変ったヤツ」として見られる場合が多いことです。
逆にローティーンやティーン前の子供たちにとってはこの右開きというのは新鮮に映るようです。普段から学校や親から叩き込まれるように教えられている左→右という読み方に対して、マンガのコマとページは右→左読みですから「いつもとは逆!」と感じてワクワクするようです。
(これは例えばアラビア文字が横書きで右→左に書かれるのを見て私たち日本人が驚嘆、感心するのと同じ感覚なのかもしれません。日本も新聞や看板は昔そうでしたけど…「聞新○○」みたいな。)
皆とは違うことができる、大人が知らないことを知っている…ポケモンを百種以上覚えることに夢中になるように、アメリカの子供たちはマンガを読む、という行為を特別なもの、あるいはちょっとした優越感を与えるものとして捉えている可能性があります。
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| 諸刃の剣?多様性とカオスは表裏一体 |
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マンガを読む子供の親としてはどうでしょうか?親からしてみれば、マンガを読むことにより幼少から多様性や国際性(?)が身に付くのはよしとしながらも、あまりに小さい頃に読むと混乱するのでは?という心配もあるようです。
(ここは日本国内で議論されている小学校で英語を教えるべきかどうか、という問題と似ていますね。)
人種や文化、宗教など多様性を尊重するアメリカ。右開きで、さらに出版社にもよりますが効果音が日本語のまま残っているマンガはそうしたことを実例として子供に教えるためのよい教材なのかもしれません。暇なときにはゲームやテレビばかり…と嘆く親も一応「読み物」として本を手に取ってくれるのであれば…とマンガを買い与える場合もあるようです。
しかしマンガがアメリカ国内では異文化であることは変わりなく、暴力や性表現、飲酒・喫煙など、あまり親として感心しない内容のものもあります。また内容以前にこうした右→左の読み方など、フォーマット的な部分で教育上の戸惑いもあり、子を持つ親の心境としては複雑なことでしょう、きっと。
こころのつぶやき:
寛容に多様性を受け入れる一つの例として、左利きの子供をアメリカでは無理に矯正しなくなっていることがあげられます。
日本でも最近は昔と比べて矯正はしなくなってきているようですが…あるアニメーターさんの言葉を借りると、「この人はうまい!と思えるアニメーターには左利きである場合が多い」とのことです。
脳研究の発展により、右脳と左脳の違いやそれぞれの脳の得意とする専門部位が明らかになりつつあり、近年では右利き左利きどちらが優位である、ということは論じられなくなっており、左利きであっても右利きに矯正する必要はない、という動きになりつつあります。
ただし、日用品や道具などが右利き中心になっていることに変わりはありません。ユニバーサルデザインには、お年寄りや障害者向けだけでなく、左利きの人向けのものも含まれます。
話が少しずれましたが、要は近い将来、左利きのアニメーターさん向けの作画机やカッター、ハサミなどが登場してもよいかな、と。(笑)…
逆に日常生活ではあえて利き腕(つまり絵を描くほうの手)を使わずに逆の手(つまり絵を描かないほうの手)を意図的に使ってらっしゃるアニメーターさんがいるとのこと!
(絵を描く利き腕の負担を少しでも軽くしようというその姿勢に感服しました!)
そういえば宮本武蔵も二刀流で、しかも墨絵を描いてますし…どっちの腕で描いたんでしょう?って、何を言いたいのかよくわからなくなってきましたが、とにかく道を究めた人って、スゴイですね!(笑)
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「アニメに対する偏見の実像」(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)、(7)、(8)
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