『新SOS大東京探検隊』 高木真司監督インタビュー
                『新SOS大東京探検隊』のみどころと3Dアニメーションの現在

 

■ 高木真司監督 (アニメ監督・演出家、プロダクション・アイジー所属)
 1961年生まれ。東京大学工学部卒。『らんま1/2』などTVアニメーションの演出を経てプロダクション・アイジーに参加。同社のデジタル部門・責任者兼演出を担当。『BLOOD THE LAST VAMPIRE』(2000年)の演出などを手掛ける。その後、『スチームボーイ』(2004年)の制作のために演出としてスチームボーイスタジオに出向。
 今回はサンライズ・エモーションスタジオでセルタッチの3Dアニメーション『新SOS大東京探検隊』を監督として制作した。『新SOS大東京探検隊』では、これまでにないCGアニメーション制作の様々な試みで注目を浴びている。



 1. 新SOS大東京探検隊の企画が立ち上がるまで

アニメアニメ
(以下AA)


 まず、『新SOS大東京探検隊』の誕生のきっかけについて伺いたいのですが。
 去年秋の東京国際映画祭のTokyo Project Gatheringの時に『新SOS』のプレゼンテーションをされていますが、あの時に既に企画が上がっていたのですか?

高木監督
(以下敬称略)

 あれは10月ですよね?その頃はもう企画は動いていて、シナリオ作業中だったと思います。
確かシナリオの初稿は終わっていて、シナリオ修正作業を続けていたころです。

AA
 『新SOS』の作品の企画自体は、『スチームボーイ』が終わった後すぐに始まったのですか?

高木

 いや、『スチームボーイ』の後は『スチームボーイ2』ですね。しばらくは、そのプリプロダクションをやっていました。
 CGのテストもしたかったのですが、これはあまり進まず、プロットなど内容をどうするかの作業を中心に進めていました。『スチームボーイ』のアメリカ公開に合わせてアメリカに行ったついでに、ニューヨークの町並みや歴史について取材したり、資料本を集めたり、いろいろ制作に向けて準備していたんです。
 全体的なプロットとシナリオが途中までできたところで、突然『スチームボーイ2』は中断します、ということになってしまって。じゃあ、次に何をやりましょうかと。

AA

 そこからいまの『新SOS』の企画が始まるわけですね。

高木

 『スチームボーイ2』の時、大友さんと「これからはハイブリッドなアニメだ」と話していました。作画の力も当然必要だけど、今までよりもっと3Dの力を発揮してもらって、3Dでむずかしい部分を作画で補うぐらいのイメージです。『スチームボーイ』のようなスタイルの作品は、もう作画の力だけで作るのは難しいと思ったからです。

 『スチームボーイ2』の企画が止まってからも、この考えを実現するためにスタジオのみんなで企画を出し合いました。基本的に大友さんに絡むような企画で、今後につながるものを中心にして。
 そして、僕が出したのが『新SOS』でした。他には、後に『あうりん』になる童話関係の企画や、大友さん自身がアイディアを出した企画もありました。

AA
 そのときは大友さんの原作というのは決定だったんですか?それとも結果的に大友さんの原作だったのですか?

高木
 『新SOS』は僕の方からやりたいと言って提案した企画なんです。子供が地下に潜るという、珍しく大友さんが子ども向けに描いたストーリーだったし、大友さん自身も、もっと壮大なアイディアがあったのに描ききれなかったと、原作のあとがきに書かれていて、興味を引かれたんです。

 僕自身が、地下って結構面白いと関心をもっていたこともあります。特に東京の地下って、実に謎に満ちていて、みんなが知らないことも多いんです。歴史を調べても、意外に古い時期から地下鉄があったりとか、戦時中や江戸城関連にも謎が多い。そうしたこともあって、提案したんです。

 最初、大友さんはダメだよって言っていたんですけど、少しずつ説得して行きました。その代わり「絶対に日本兵を出せ」と。
 じゃないと原作者として了解はしないからと言われたりしましたけど(笑)。
(C)大友克洋・講談社/バンダイビジュアル・サンライズ
AA
 プロットは原作からかなり拡張されているんですけど、これはどうやって考えたのですか?

高木

 企画会議には、大友さんも出てくれて意見を言ってくれました。
 最初は原作の1980年代をどう表現したらいいか結構みんなこだわっていた。大友さんも1980年代に描いた漫画ですから、そこの描写を入れるべきだと考えていたようです。そこで1980年代を調べたんですけど、どうもあまりその年代を表現しやすい出来事がない。
 僕自身はちょっと困っていました。上手く時代背景を描けるだろうかとか、せっかく時代背景を説明しても、話は地下に入ってからの冒険のほうが主体になっちゃう。いっそ現代にしたほうが良いんじゃないかと漠然と考えていました。
 1980年代にしたほうが良い理由は、現代にしてしまうと、日本兵の年齢があまりにも年寄りになって無理が出るからです。
 ただ、そこはアニメなんで何とかなるかなと。

AA
 それが、現代の舞台に急展開したわけですね。


高木
                                                  大友克洋画                                ある日、大友さんのほうから「やっぱり現代の話にしよう」と言い出してくれたんです。
 そして打ち合わせの後、自分の机に行ってしばらく何をしているのかなと思っていたら、30分後に絵を一枚描いてパッと僕の机のところに持ってきてくれた。それがあの設定画なんです。

 これだ!と思いました。もともと原作のキャラクターをどうやって絵にしようか悩んでいたんです。原作は少し昔の大友さんの絵だったし、服装デザインが時代的に古かった。それを、大友さん自身が新しい絵を描いてくれたので、この方が映像化もしやすい。
 それに、その時大友さんが興味を持っていたらしいヒップホップとか、DJとかハイテクとか、キャラクターの設定までいろいろメモで書いていてくれて。
 即座にこれをベースに話を作ろうと決めました。

                                       (C)大友克洋・講談社/バンダイビジュアル・サンライズ
          小原秀一画                              3D設定  
  
                                      (C)大友克洋・講談社/バンダイビジュアル・サンライズ

AA
 作品のなかに携帯とかインターネットとか現代的な装置が割とたくさん出てくるのは、どうしてなんですか。

高木
 僕が1980年代が難しいなと思ったのはそこです。やっぱり現代の連絡手段の便利さってあるじゃないですか。
 別々のところで別々の何かイベントが起きている時に、連絡を取れるかどうかは、ストーリーの構成上すごく重要なんです。

 それに、大友さんの書いた桃代の設定が、携帯電話でストーカーみたいに撮影するのが趣味、でしたしね。
 現代にした以上、子供たちも携帯電話やネットで連絡をとりあって集まるのが自然だし、それをベースにプロットを全部考え直しました。あと、地上のネットワークと地下のネットワークの対比を出したかったというのもあります。

              ■ 新SOSのキャラクターと3Dアニメーションに続く

                        
 page topへ