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2011.07.03
展覧会 ]
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 展示空間の広大さにまず驚かされる。アニメーション作家フレデリック・バックの世界を紹介する「フレデリック・バック展」は、東京都現代美術館の企画展示室の1階と3階全てを使用する。東京都現代美術館の企画展示室は、1階、3階そしてより規模の小さな地下2階を含めて4000㎡以上とされていることからも、その規模の大きさが分かるだろう。
 ブロックバスターと呼ばれる巨大な展覧会は決して珍しいわけではないが、それでもそれが一人のアニメーション作家にフォーカスしたものであることが驚きを与える。つまり、アニメーション作家を本当に語ろうとすれば、これだけの空間が必要になるという事実にである。展示作品は、およそ1000点にも及ぶという。

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 展覧会の構成は、まず前半で美術作家としてのバックにスポットを当てる。後期印象派の影響も窺わせるフランス時代の絵画から数々のイラストレーションまで。それらの作品群が、やがてバックの特徴である豊かな色彩や自然に対する視線につながることを理解させる。
 そして、アニメーションの時代に移る。カナダに渡り、ラジオ・カナダでの仕事をきっかけに制作開始したものだ。部屋には制作のために描かれた素材と資料が展示される。短編アニメーションの制作が、膨大な創作活動によって支えられていることを示す。それは完成作品の量の少なさと「短編」との言葉から、手軽とやや誤解を受けることもある短編アニメーションへの偏見を打ち砕くのに充分だ。

 一方で、短編アニメーションならではの、展示の面白さもある。作品が短いがゆえに、展示資料と映像作品を並行して鑑賞することが可能になっている。
 多くの展示で、映像自体の上映をしている。資料をみながら、実際にそれが動きだすとどうなるのかが確認出来るのだ。映像関連の展覧会の課題となりがちな、作品そのものを見せるというハードルを軽く飛びこす。
 それでも鑑賞には時間がかかる。少しでもアニメーション、アートに興味がある人であれば、きちんと鑑賞しようとすれば、1時間では全く足らないであろう。美術館に足を運ぶ際は、たっぷり時間を取りたい。
[数土直志]

フレデリック・バック展/L'Homme qui Plantait des Arbres
開催期間: 2011年7月2日(土)~2011年10月2日(日)
開催場所: 東京都現代美術館 企画展示室1F・3F
http://www.ntv.co.jp/fredericback/

主催: 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館/日本テレビ放送網/マンマユート団
企画制作協力: スタジオジブリ/三鷹の森ジブリ美術館
特別協力: アトリエ・フレデリック・バック(In partnership with the Atelier Frédéric Back, Montréal.)/ラジオ・カナダ/国際森林年国内委員会事務局
*詳細は公式サイトで確認ください。

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2011.02.23
展覧会 ]
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文: 真狩祐志

 2月3日から13日まで国立新美術館および東京ミッドタウンにて第14回文化庁メディア芸術祭が開催された。会期中には展示や上映のほかにシンポジウムなども行われ、2月2日の「バルト三国での日本のアニメ人気事情」や2月3日「世界のアニメーションフェスティバルから発信される表現の魅力」では、新海誠氏の影響が見られる短編アニメーション『Я люблю тебя(I Love You)』が紹介されて話題となった。

 アニメーション部門では石田祐康氏の短編アニメーション『フミコの告白』が優秀賞を受賞したことでも注目された。2月12日の「アニメーション部門優秀賞『フミコの告白』作家トーク」では、石田氏が自ら監督した当作品について解説した。
 石田氏を含む5名での制作とはいえ、プロのアニメーション制作の現場に引けを取らないプロダクションワークであることを改めて実感させられた。同日、石田氏はその前の時間帯の「ネット時代における映像の多様性:表現と配信について」にも出演している。

 短編アニメーションの概況については、2月8日の「若手アニメーション作家が目指すもの」や2月13日の「アニメーション部門受賞者シンポジウム①」などでも語られている。こちらは同じく優秀賞を受賞した『わからないブタ』の和田淳氏らが出演した。
 当芸術祭において石田氏は、短編アニメーションを題目とした出演はなかったが、短編アニメーションと銘打たれる場合には『フミコの告白』のような作風がカテゴライズされにくい印象を持つ人が多いように思われる。
 当時『フミコの告白』が公開された後には、各メディアで石田氏のインタビューなどが掲載されていた。ただ、それを読んで「違和感」を持つ人が少なからずいたようでもある。というのも、これまで『フミコの告白』のような作風は大学において「異端」とされやすい風潮があったからでもあるだろう。しかし今や、大学の正規教育によってそうした作品が出てくるようにもなっている。そのことに対する「違和感」でもあるに違いない。

 「ネット時代における映像の多様性:表現と配信について」は部門クロストークとなっており、石田氏のほかアート部門で『NIGHT LESS』が優秀賞の田村友一郎氏とエンターテインメント部門で『Tabio Slide Show』が優秀賞の児玉裕一氏が出演した。田村氏は『NIGHT LESS』でGoogle Mapの画像を利用してコマ撮りともとれる映像表現を行った。児玉氏は3年連続でSPACE SHOWER MUSIC VIDEO AWARDSのBEST DIRECTORに選ばれるなど、近年で最も勢いのあるミュージックビデオ監督である。
 文化庁メディア芸術祭においてアニメーションは短編の場合、アート部門とエンターテインメント部門にも応募が可能である。2月5日の「ミュージックビデオの可能性」には『ラストピース 花沢悦子編』で審査委員会推薦作品の水野貴信氏、2月12日の「エンターテインメント部門受賞者シンポジウム②」には『夏を待っていました/amazarashi』で優秀賞のYKBX氏も出演した。水野氏もYKBX氏も共に少人数でアニメーションによるミュージックビデオを制作している。

 短編アニメーションというと大部分の作業を個人が負うイメージも持たれがちであるが、映画祭などで受賞している海外作品でもプロダクションが制作したものが多々見られる。国内でも例えば水野氏が所属する神風動画の作品がアヌシー国際アニメーションフェスティバルなどで上映されたりしているなど、国内の中小規模のプロダクションの作品もあるものの、国内ではその側面で語られることが意外と多くない。
 その一方で、『わからないブタ』の和田氏が卒業した東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻は「大学がプロダクションの役割も担う」と明言している。この点では、個々人での制作であっても大学という「集団」といった位置づけにもなる。

 さらにアニメーションが何を目的として制作されているのかにも目を向けると、アニメーション部門のほかに見られる作品の理解が可能だ。特にエンターテインメント部門は多方面へのプロモーション展開を念頭においているものが基本的に多く、そのうちの1つとしてアニメーションが制作されているという場合もよくある。2月11日は「エンターテインメント部門推薦作品『豆しば』作家トーク」も行われたが、この『豆しば』もキャラクター展開の1つとしてアニメーションが制作されていることからでも分かるだろう。

 国内における短編アニメーションの状況は、年を追うごとに大学生の作品の比重が増してきている。これも結局のところ、アニメーション制作がプロモーションや商品展開などといった用途に影響されるかどうかといった部分も一理ある。中小のプロダクションがオリジナル企画を立てて制作するにしても、単にアニメーションを制作するというだけでなく、それに付随した展開まで念頭に置かざるを得ないからでもある。その辺りが作品のあり方への分水嶺ともなっているようだ。
 とかく短編アニメーションは「作家性が強い」、「アート色が強い」といった感想が聞かれがちだが、字義通り「短編=尺が短い」と捉えるだけでこのように多角的な視点を回復させられるのではないだろうか。

文化庁メディア芸術プラザ http://plaza.bunka.go.jp/festival/

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2011.02.03
展覧会 ]
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 今年で14回目を迎える文化庁メディア芸術祭が、2月2日から12日間の予定で始まった。上映会やシンポジウム、ワークショップなど様々な企画が用意されるイベントだが、最も多くの人が足を向けるのは、国立新美術館にある展示部門だろう。
 展示されるのは受賞作品に審査員推薦作品も加え、数百にも及ぶ。2011年のメディアアートの現在が、ひとつの空間に収められまさに圧巻だ。また、メディア芸術祭の最大の特徴であるアート、エンターテイメント、アニメーション、マンガという異なった4分野がクロスオーバーも体験出来る。

 そうした展示部門の展示方法は、毎回一様でなく、年ごとに異なったコンセプトが見られる。今年の展示方法は、例年に較べてより整理された、分かり易い展示が目指されたようだ。会場は領域ごとに区切られて、さらに入り口から出口まで順路が導入される。
 会場を入って直ぐはアート部門、ここは現代美術の展覧会の様に手際よく作品が並べられる。視覚的なもの、体験型のものそれぞれの作品に応じた見せ方を凝らす。

 これを抜けるとマンガ部門だ。大きく拡大されたマンガの絵を壁に、作品の原画などを展示する。それぞれの原画は、作品の見せ場ばかりでファンにとっては目が離せない。続くアニメーション部門も同様で、作品の映像紹介と原画や絵コンテ、背景などが並ぶ。
 ただ両部門でやや物足らないのは、マンガとアニメーションは作品そのもの全編見ないと理解し難いことがネックになっている点だ。それだけに作品の断片を展示している感があり、例えば作品世界を紹介するテキストなどがもっとあれば作品を知らない人にもより近づき易いのでないかと感じた。

 最後のエンターテイメント部門はウェブやコマーシャル、ゲーム、デジタルガジェットと、メディア芸術祭のなかでも特に幅広い領域をカバーする。そうした特長もあり、展示作品もヴァリエーションに溢れ、カオスじみた様相を呈している。しかし、それは不快なものでなくむしろ心地良いカオスだ。
 むしろ今回の展示はあまりにも整理され過ぎて、メディア芸術のクロスオーバーな刺激、相互の刺激が薄れているように感じた。これまでの展示では来場者が感情に任せて、それぞれの領域を気にすることなく自由に行き来きしていた。アニメやマンガの向こうに現代アートが、ゲーム映像の隣から映像インスタレーションが見えたりといった具合だ。
 それだけに今回は作品鑑賞のあり方が定型化された感じだ。来場者数が増えたことに対する対応や、かならずしも各分野に詳しくない来場者が多いという事情が、こうした展示方法の理由かもしれない。ただ、自分の見たいように見たいわがままな鑑賞者にはやや不自由かもしれない。
[数土直志]

第14回文化庁メディア芸術祭http://plaza.bunka.go.jp/festival/

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2010.08.26
展覧会 ]
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 映画監督押井守の映像における仕事は、1980年の直前より始まり、およそ30年あまりにも及んでいる。しかし、これまで押井守作品全体にフォーカスした本格的な展覧会は行われてこなかった。
 2010年7月16日から八王子市夢美術館で開催されている「押井守と映像の魔術師たち」は、そんな空白を埋める意欲的な企画だ。1985年の『天使のたまご』から2008年の『スカイ・クロラ』、2009年『ASSAULT GIRLS』と、押井守のアニメと実写の世界を広く紹介するものとなった。会場にはこれまでに関わった作品の設定、絵コンテ、原画、セル画、背景、ロケハンの写真、映画制作のための立体造形などが多数並べられている。

 今回の展覧会の特徴は、こうした様々な展示品をあわせて見ることで、個々の作品を超えた押井守のビジュアル世界がよりはっきりと見えてくることだ。押井守のビジュア世界は、アニメーション、実写、舞台、イベントと多岐にわたる。しかし、展覧会でまとめて眺めると、押井守の世界が、時代や表現方法は異なっても、実はほとんど変化することなく一貫して続いていることが分かる。むしろ変わっているのは時代と作品の受け取り手なのだろう。
 変わらないモチーフは犬や魚などの造形、現実を反映しながらも明らかに違うもうひとつの歴史や世界、社会から疎外感を持つアウトサイダーたち。いずれもこれまでにも知られてきたものではあるが、この会場ではそれを体験として理解出来る。

 映像作家として世界的にも評価の高い押井守だが、こうした展覧会がこれまでに実現しなかったのは理由がある。本展覧会を担当した八王子市夢美術館の学芸員 浅沼塁氏によれば、押井守監督の映像の仕事は通常は絵コンテまで、その後の実作業の多くはスタッフによるものとなり、実は押井監督の仕事として展示物があまりないためだという。実物主義を取る美術館の盲点である。今回の展覧会も数年前から企画が立てられていたが、実際にその点を悩んだという。
 本展ではそうした問題を、「押井守と映像の魔術師たち」とすることで解決した。つまり、押井守のクリエイティブとそのアイディアを実現したクリエイターたちの仕事を合わせることで、押井守の映像世界の全体を明らかにするものだ。
 しかし考えてみれば、特にアニメの作品、仕事を紹介するには、これは非常に真っ当な取り組みだ。アニメは他の表現芸術に比べても、その創作活動は圧倒的にチーム作業に支えられているからだ。表現者である監督とその表現を実現したスタッフの双方にスポットを当てることは、アニメという表現を理解するのにも有益だろう。

 こうした展覧会のコンセプトを経た結果、展示物が驚くほど多岐に亘ったのだ。時代や作品も様々なため、押井監督が自らもう二度とは実現しないと表現するほどだ。そんな貴重品のひとつが、2000年初頭の劇場公開を目指しながら、完成に至らなかった幻の作品の立体資料の数々などだろう。ファンにとっては、これを見るためだけでも訪れる価値があるだろう。
 会期は9月5日までと残りすくなくなっているが、夏の最後のイベントとして是非、訪れることを薦めたい展覧会だ。八王子での企画展後は、やや展示構成を変えて11月20日から2011年2月6日まで出雲市立平田本陣記念館でも開催される。

特別展 押井守と映像の魔術師たち
 http://www.yumebi.com/
 会期: 2010年7月16日~9月5日(会期中無休)
 会場: 八王子市夢美術館

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2010.07.16
展覧会 ]
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「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」
アニメの世界を現実化する スタジオジブリの目指したものは?

 「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」が、7月17日から東京都現代美術館で始まる。同じ7月17日には、まさに映画『借りぐらしのアリエッティ』が全国公開をスタートするから、抜群のタイミングだ。
 映画と展覧会の同時スタートは、展覧会が『アリエッティ』の映画が主体になった連動企画との印象を与えるかもしれない。しかし、実際には展覧会のテーマは、映画美術そのものだ。映画美術の第一人者である種田陽平さんのこれまでの作品、美術館内に再現されたアリエッティたち 小人の床下の生活空間が映画美術の魅力を伝える。異なる2つの要素を用いることで、映画美術の世界が表現される。

 一見、奇異に映るふたつの組み合わせも、展覧会を通してみるとその意図が理解出来る。種田陽平さんによる映画美術の紹介は、制作資料やスチール写真から構成されている。それだけでも素晴らしさは伝わるものの、映画美術の作品である舞台セットがないことで、リアリティの一部がかけてしまう。絵画展なのに、デッサンばかりで実際の絵画ない状態とでも言えるだろうか。
 しかし、実際のセットは映画の撮影が終わった段階で解体されるから、セット自体を美術館に持ち込むことは難しい。ところが今回は、アニメ映画『借りぐらしのアリエッティ』を映画美術の方法で再現してみせる。観客はそれを体験することで映画美術を体験的に知ることが出来る。これにより実際にはない種田陽平さんの他の映画美術も想像することが可能になるのだ。

 それではなぜここで敢えて『借りぐらしのアリエッティ』を取り上げたのであろうか。例えば、過去に種田陽平さんが手掛けた実写映画のセットを再現する方法もあったに違いない。むろん夏休み中にスタジオジブリ作品と連動することで、より多くの来場者を集め、美術展としての収支も合わせるという狙いもあるかもしれない。
 しかし、より重要なのは、アニメがスクリーンに登場する世界の全て-草木の一本まで-を無から創りだす作業だからでないだろうか。アニメの世界を再現することで、映画美術はクリエイターの創造を現実化する表現芸術だということがより明確になる。 
 東京都現代美術館の3階企画展示室を1200㎡をまるまる利用したアリエッティの世界は、観客に実際にはあり得ない空間を提供する。テーマパークの巨大なアトラクションと見まごうこの展示は、映画美術の方法で制作されている。通常の美術ともアトラクションとも異なる映画美術の世界だ。

 ただし、こうした理屈は大人のものだ。子供たちにとっては、今回の展覧会は夢の空間だ。多くの子供たちは、純粋に小人になった気分で展覧会を楽しむだろう。一方で、それは映画美術の世界に触れるきっかけともなる。
 「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」は、大きな評判を呼ぶに違いない。展示を体験して、驚きも、満足もしない人はいないのではないか。今後かなりの混雑が予想されそうだ。もし、展覧会に訪れる計画があれば、早めに行くことを薦める。
[数土直志]

「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」
http://www.ntv.co.jp/karigurashi/

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2008.06.03
展覧会 ]
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 5月24日から7月6日まで、東京・上野の森美術館で「井上雄彦 最後のマンガ展」が開催されている。『SLAM DUNK』や『バガボンド』で知られた人気マンガ作家井上雄彦の大規模な展覧会である。人気作家一人のために美術館をまるごと使用、そして衝撃的なタイトルと話題性も豊富で、連日多くの人で賑わっている。
 しかし、展覧会の最大の見所は、今回の企画があらゆる点で、これまでのマンガ作家の展覧会の常識を打ち破るものであることだ。展覧会と呼ぶことすら、誤解を招くのでないかと思える。「井上雄彦 最後のマンガ展」は、マンガ表現を全身で感じるイベントだからだ。

 一般的な展覧会の目的は、作家の世界観や作品、歴史、あるいは社会における影響から文化的な側面などの紹介である。そのため様々な説明が与えられる。ところが「井上雄彦 最後のマンガ展」では、この印象的なタイトル以外の情報が会場で一切与えられていない。展覧会で必ず見られる作品タイトルや説明、展覧会の趣旨、主催者や作者の挨拶すら存在しない。
 来場者は、展示場に入っていきなり水墨で描かれた巨大な宮本武蔵の姿に出会う。これさえも『バガボンド』に馴染みのある人にこそ宮本武蔵とわかるだけで、そうでなければ誰であるかすらわからないだろう。

 そこから物語は始まる。そう「井上雄彦 最後のマンガ展」は、まさに物語である。今回の展覧会のために描き起こされた100枚以上の原画は、物語に沿って並べられ進んでいく。
 そして、井上雄彦やその作品を知る人も知らない人も、そのままぐんぐん「井上雄彦 最後のマンガ展」に引き込まれていく。空間のなかに取り上げられた原画は、よく見慣れたマンガ原稿の体裁から、縦横数メートルの巨大なもの、時には美術館の壁に直接描かれたもの、とにかく自由である。

 大きな空間での表現、その場限りのライブ感、この展覧会は、2004年に三浦市の廃校で『SLAM DUNK』の後日談を黒板に描いたイベントの系譜にある。しかし、今回の表現方法は、この『SLAM DUNK』の後日談からさらに大きく発展している。
 その表現への驚きは最初の宮本武蔵の姿に出会った時だけなく、展覧会を通じて続く。そして、後半に行くに連れてさらに加速する。そこにはこれまでの「マンガ」と異なった経験が存在する。全身で体験するマンガだ。説明はいらない、展覧会を見終わった誰しもが、井上雄彦の思いを感じるに違いない。

 もともと、マンガはメディア芸術のなかでも、表現手段の不自由なもののひとつである。(マンガを芸術と呼べることを前提だが)つまり、多くの作品は本のサイズによって大きさを制限されているし、掲載一回分の長さも制限されている場合がほとんどである。さらに、プロの作家であれば、多くの場合は商業マンガとなる。エンタテイメントであること、読者の支持を得ることを常に求められている。
 井上雄彦は、今回、この二次元の書籍という体裁に縛られたマンガ表現を飛び越える挑戦を行っているのだ。こうした挑戦が成功したかどうかは、会場に訪れたそれぞれが判断することになる。

 展覧会終了後に、今回の作品は出版物としてもまとめられる予定だ。しかし、おそらくそれは今回の『井上雄彦 最後のマンガ展』とは異なる別の作品になるのではないか。展覧会の経験と書籍としての経験、それはまた別の作品だろう。
 だからこそ、井上雄彦ファンは勿論、広いマンガファン、そしてマンガファン以外の人達にも、もし少しでも機会があるのなら『井上雄彦 最後のマンガ展』を訪れることを薦める。そこにでは、今後二度と経験できない『井上雄彦 最後のマンガ展』という空間によるマンガ表現が待っている。
 そして、展覧会の最後には、今回与えられた唯一の手がかりである「最後のマンガ展」というタイトルの意味も理解出来るだろう。
[数土直志]

「井上雄彦 最後のマンガ展」
http://www.ueno-mori.org/special/2008_inouetakehiko/index.html

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2008.02.07
展覧会 ]
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 第11回文化庁メディア芸術祭が、東京・六本木の国立新美術館で2月6日から開催されている。アニメーションの分野では『河童のクゥと夏休み』が大賞に選ばれた。このほか、優秀賞には『うっかりペネロペ』や『天元突破グレンラガン』、『電脳コイル』、『カフカ田舎医者』、『ウシニチ』が選ばれている。
 推薦作品も含めて、テレビから映画、ロボットアニメからアートアニメーション、教育アニメ、インディーズ作品まで、メディア芸術祭の特色である既存の境界を越えるは今年も健在である。

 明らかに展覧会の特色は、アートとエンタテインメントを中心としたこの境界線の曖昧さだ。ファインアートからサブカルチャーまで幅広い作品をメディア芸術として同じ枠で並列的に扱う。それにより、これらが本来は等価であることが表れる。
 つまり、文化庁メディア祭の会場では、現代アートもエンタテインメントとして楽しめる。一方で、子供たちの楽しみであるゲーム映像のなかにも視覚的なアートが内在することがわかる。

 アートとエンタテインメントが個々に取り上げられる時は、その違いは判りやすい。しかし、同時に並べられ同じ文脈で語られる時に、その違いはむしろ判らなくなる。
 文化庁メディア芸術祭は、これを明らかにする。ここではアートとエンタテインメントが同時に存在するだけでなく、ふたつの両極の作品から中間領域にある、例えばアートアニメーションでありながら商業公開される『カフカ 田舎医者』のような作品が不断に続く。その結果、両者の境界の存在は失われ、そもそもふたつに違いがあるのかすら判らなくなる。
 しばしば文化の世界には、ハイカルチャーとポップカルチャーの区別、あるいは差別が存在する。しかし、文化庁メディア芸術祭はそうした区分に挑戦し続けている。

 しかし、こうした攻撃的な正の効果の一方で、今年は同じ試みが負の効果も与えているように感じた。全ての作品が同じファーマットで展示されることで、それぞれの作品が持つ個性が削ぎ落とされてしまっているからだ。それは特にアニメーションやゲーム、マンガといったサブカルチャーと呼ばれる分野の作品に感じられる。
 きれいに区分され過ぎてしまっていると言っていいかもしれない。例えばひとつのマンガに「マンガ・ストーリーマンガ」とラベルが貼られてしまった段階で、その作品から何か重要なものが失われてしまうのでないかと感じるのだ。

 個々の作品がアートとして展示されることで、作品に新しい光があてられ、新しい発見が起こる面白さはある。
 しかし、本来、時代や社会と密接に絡み合う作品が、社会的な環境から切り離されることで、作品の持つ雑多感が失われる。結果として、今回、メディア芸術として作品が評価されたそもそもの理由である、作品の持つ全体的な状況の一部が欠落してしまっている。
 こうした正と負の効果は、トレードオフの関係にあるのかもしれない。しかし、11年目を迎えたメディア芸術祭は、これを乗り越えることが出来ればさらに発展するに違いない。
[数土直志]

第11回文化庁メディア芸術祭 公式サイト http://plaza.bunka.go.jp/

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2008.01.22
展覧会 ]
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 1月22日から東京アニメセンターで開催されている「追悼展示会アニメーター逢坂浩司展」に行ってきた。この展覧会は、昨年9月に逝去されたアニメーター逢坂浩司氏を追悼するため昨年12月杉並アニメーションミュージアムで開催されたものを再構成したものである。
 今回は東京アニメセンター内というスペースの制約があるため、決して規模の大きいものではない。しかし、展示会の内容は充実したもので、生前の逢坂浩司氏の業績を振返る点で見所の多いものであった。

 展示はふたつのパートに分かれており、ひとつは逢坂浩司氏に生前に縁があったかたがたのメッセージである。
 どのメッセージも氏の突然の不幸を悼むと伴にその人柄を懐かしむもので、逢坂氏の暖かい人柄が伝わってくる。

 そして残りのパートは、同氏の代表作『機巧奇傅ヒヲウ戦記』、『機動戦士Vガンダム』、『獣王星』、『機動武闘伝Gガンダム』、『絢爛舞踏祭 ザ・マーズ・デイブレイク』、『天空のエスカフローネ』、合計で6作品の版権イラストの原画展示になっている。作品ごとに3点から5点ぐらいが展示をされている。
 
 版権イラストは、作品の中ではなく、雑誌の表紙やポスター、DVD・CDジャケットなどのために特別に描き下される絵のことを指す。今回はその版権イラストの原画だけが集められている。
 こうした版権イラストは、画集など以外ではまとまって目にすることがない。また、そうした場合も、彩色され完成したものがほとんどである。今回のように一人のアニメーターの版権イラストが、手描きの線が残る原画のかたちで見られる機会はほとんどない。
 しかも数にして20数点だが、そのどれも驚くほど素晴らしいものばかりで、逢坂浩司氏のアニメーターとしての実力にあらためて驚かされた。
 
 まるで今にも動き出しそうな活き活きとしたキャラクター、微妙な構図ひとつひとつにキャラクターの性格や作品の持ち味が凝縮されている。
 展示された作品は、子供向けの『ヒヲウ戦記』、アクション中心の『Gガンダム』、少女マンガのスタイルを活かした『獣王星』など非常に幅の広い作品群だ。逢坂浩司氏はその全てに相応しい絵を与えながら、「逢坂浩司」という個性が見事に貫かれ表れている。

 アニメーションはその語源がアニマ(魂)=生命の動きから由来するように、海外でも国内でもアニメーターの技量というと専ら動きが重視される。
 しかし、日本式リミテッド・アニメの最大の特徴はストップ・アンド・ムーブなのだから、日本のアニメーターの技量は絵を動かせると同時に、絵が止まった時に魅力的に決まるキャラクターデザインと画面の構成力が重要なのでないかと思う。

 版権イラストは、まさにアニメの絵を止めた時に、キャラクターを魅力的に生き生きと描くものだ。単なるイラストではなく、動かない絵の中に作品世界が凝縮したもの、動きのないアニメそのものなのだ。日本にはこうした版権イラストを魅力的に描く優秀なアニメーターが多いが、逢坂浩司氏は間違いなくそのトップのひとりだった、と展示された原画をみながら感じた。
 そして、日本のアニメ界の失った損失の大きさと同時に、逢坂氏の残された作品の量と内容の素晴らしさに気づかされる。

 今回展示されている原画は、スペースの関係から期間中に入替えを行うという。また、そのなかには、杉並アニメーションミュージアムでは展示されなかったものも含まれる予定である。出来れば何度もでも足を運びたい展覧会だ。
[数土直志]

『追悼展示会アニメーター逢坂浩司展』
http://www.animecenter.jp/jp/200801/21190423.php
場所:東京アニメセンター http://www.animecenter.jp/jp/
会期: 1月22日(火)~2月17日(日)
[休館日:1月28日(日)、2月7日(木)、8日(金)]
時間 11:00~19:00
入場料: 無料

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2004.12.20
展覧会 ]
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 ジブリ美術館は、宮崎駿監督作品を中心とした作品世界の再現と、アニメーションの歴史や制作といった世界の紹介で知られている。ジブリ美術館の経営母体はやや複雑である。当初、徳間書店と株式会社ムゼオ・ダルテ・ジブリが美術館施設の建設を行った。それを三鷹市に寄付した後に、さらに三鷹市が徳間書店の設立した財団法人徳間記念アニメーション文化財団に運営を委託している。 
 通常、美術館の運営というと美術品の展示ばかりに目が行きがちだが、実際の美術館の重要な役割にはコレクションの収集・収蔵や研究活動が含まれる。そう思って財団法人徳間記念アニメーション文化財団の年報を調べてみると、ジブリ美術館の展示品運営以外の活動が色々と判り面白い。

 研究活動では『日本のアニメーション・スタジオ史』と題した戦前から現在に至るまでの日本のアニメーションスタジオの変遷の調査を行っている。また、2003年度は企画展に合わせてロシアのアニメーションの研究を行っている。さらに、収蔵品の検討のために大正・昭和時代の国内アニメーションの調査を行ったとしている。将来的に、日本のアニメーション創生期の作品フィルムの収集を検討しているようだ。
 
 そのコレクションであるが、主なコレクションはジブリ作品を中心としたアニメ制作に用いたイメージボードや原画、セル画、背景とフィルムコレクション、さらにロシアのアニメーションのフィルムコレクションの充実が目を惹く。このロシアアニメーションについては、平成15年度の新規購入作品にアレクサンドロ・ヴィノクロフの『雪の女王』のイメージボードがありこの分野への力の入り具合が感じられる。
 ジブリの関係のコレクションでは、15年度にスタジオジブリから『千と千尋の神隠し』を中心に大量の原画、背景が寄託されている。しかし、既存の収蔵品を含めても『風の谷ナウシカ』や『天空の城ラピュタ』といった古い作品の収蔵作品は意外なほどに少ない。初期のジブリ作品のセル画や背景は、ファン向けに販売が行わるなどされたこともあり、かなり多くの資料が散逸してしまったのかもしれない。
 こうした研究やコレクションの成果は、美術館を通じてまた公開されるのだろう。これからも、ジブリ美術館の地道な活動を楽しみだ。

ジブリ美術館 

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2004.10.06
展覧会 ]
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 東京:上野の国立科学博物館で開催中の『テレビゲームとデジタル科学展』は、今や世界中の子供たちに馴染み深いTVゲームをコンピュターの誕生から現在までの流れをその当時のPCやゲーム機の展示と伴に追っていくものである。TVゲーム発展の歴史を掴むに相応しい企画であった。

 この展覧会の感想を一言で表現するなら『ゲーム機の墓場』である。これは、展覧会をネガティブに捕らえているわけでない。ゲーム機の歴史を辿るこの企画は、意図されたかどうかは判らないが、歴史の表裏の関係でゲーム機メーカーの興亡史ともなっているためである。
 実際、現在、世界市場にて販売されているゲームコンソール機が、事実上ソニーのプレーステーション2と任天堂のゲームキューブ、マイクロソフトのXボックスだけであることを考えれば、展示場に並べられた何十台ものゲーム機のほとんどが今では使われなくなったゲーム機である。そこにあるインベーダゲーム、パックマンからセガサターン、3DO、ピピンといった数々のゲーム機はどれも一時は世の中を賑わしたものだが、今やその歴史的役割を終えている。それらの機器が暗い展示場にスポットライトを浴びて、かつての栄光を誇示するかのように浮かび上がっている。そして、横に並べられた解説のプレートはまるで墓標のように写っていた。

 展示品は、パソコン勃興期のアップルⅠやLisa、あるいはインテルの4004、あるいはアタリ社の世界初のコンピュターアーケードゲーム、TVゲームなど貴重なパソコンやゲーム機などをよく集めている。しかし、全体の印象としては専門的な解説共に往年のゲーム機が並んでいるだけとの印象が否めない。
 そう考えると、国立科学博物館の主な入館者である小学生や中学生がどれだけこの企画を楽しめたのか多少心配である。むしろ、30代以上のかつての子供たちのほうが昔遊んだゲームを懐かしみながら楽しめたかもしれない。
 ならば、もう少し内容的に掘り下げてゲーム機産業の歴史という面を取り上げたほうが面白い企画が出来たようにも思える。実際、展示を見ていくと産業初期におけるアタリ社の存在感の大きさや、国内のゲーム機の輸入時代、そして、ゲーム機の大競争時代から寡占市場への流れがはっきりと読みとれる。
 すると、アタリ社はその後一体どうなってしまったのだろうとか、エポック、トミー、タカラ、学研、SNKといった初期のTVゲームを作っていたメーカーは今どうしているのだろうという疑問が当然出て来るのだ。
 しかし、そういった解説はされていない。ビジネスの現場を見せてしまうには、ゲーム機の歴史はあまりにも短く生々しいのかもしれない。ゲーム機企業の歴史はいまだ現在進行形である。今この時点で起こっているこの展覧会さえ歴史の一部として刻まれて行くのだろう。

『テレビゲームとデジタル科学展』 2004年7月17日~10月11日 国立科学博物館(東京・上野公園)
主催:国立科学博物館、TBS、読売広告社/特別協賛:PlayStation ®2、NTT東日本
協賛:株式会社バンダイ

国立科学博物館 『テレビゲームとデジタル科学展』プレーステーション.COM 
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