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<title>アニメ、マンガの作品レビューと批評</title>
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<modified>2012-02-02T14:30:36Z</modified>
<tagline>アニメ映画、TVアニメ、マンガの作品のレビューと批評。アニメ文化や社会、ビジネスとの関わりやオタク論なども。</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2012, animeanime</copyright>
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<title>新海誠監督　「ほしのこえ」10周年で当時の限定CD-ROM公開</title>
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<modified>2012-02-02T14:30:36Z</modified>
<issued>2012-02-02T14:30:00Z</issued>
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<created>2012-02-02T14:30:00Z</created>
<summary type="text/plain">10年前の2002年2月2日。待ちに待ったOVAが下北沢の短編映画館トリウッドで公開された。そのアニメーション作品の名は『ほしのこえ』。トリウッドには</summary>
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<dc:subject>そのほか</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　10年前の2002年2月2日。待ちに待ったOVAが下北沢の短編映画館トリウッドで公開された。そのアニメーション作品の名は『ほしのこえ』。トリウッドには早くから長蛇の列が出来ていた。<br />
　それから10年が経過した2012年2月2日。新海誠監督は、その当時トリウッドで観客に配布したメイキングCD-ROMの内容を自身のサイトで公開した。配布されたのは4月19日の17時からの回の観客に対してである。座席数分の限定42枚とあって、現物を手にした人にとっては何よりも代えがたい宝物であるに違いない。</p>

<p>　サイトに掲載されたのは、「初期イメージイラスト＆字コンテ」、「絵コンテ」、「映像制作」などのメイキングだ。完成版の本作とは若干異なり、完成までの試行錯誤も見て取れる。<br />
　そして「未公開予告編」と「未公開・最終回予告編」もアップされている。『ほしのこえ』の予告編は計4本であるが、公開された「未公開予告編」は3と4の間、そして「未公開・最終回予告編」は前年のCG合宿で披露されたものだ。<br />
　<br />
　CG合宿とは、大阪のPROJECT TEAM DoGAが主催するCGアニメコンテストの入選者が集う勉強会である。新海誠監督は、2000年の第12回に『彼女と彼女の猫』でグランプリを受賞していた。『彼女と彼女の猫』は新海監督がCD-ROMで自主販売も行なっていたが、『ほしのこえ』の予告編1と2も含まれていて話題となった。予告編1と2はサイトでも公開されていた。</p>

<p>　『ほしのこえ』は、2002年の第14回CGアニメコンテストでも特別上映されている。なお、第14回はグランプリは出ていないものの、田澤潮さんの『Life No Color』、poeyamaさんの『Quino』、吉浦康裕さんの『キクマナ』、江村豊秋さんの『Emigrate Ship －移民船－』が賞を分けあった。田澤さんはこの受賞が縁で新海監督作品に関わるようになった。他も『ゴノレゴ』で知られるpoeyamaさん、『イヴの時間』などの吉浦さん、ベテランアニメーターの江村さんとレベルの高い回だった。<br />
　2002年は何かと個人作家が熱い年でもあった。青池良輔さんの『CATMAN』、ロマのフ比嘉さんの『URDA』、真島理一郎さんの『スキージャンプ・ペア』、山村浩二さんの『頭山』などが誕生した年でもあったからである。<br />
<strong>【真狩祐志】</strong></p>

<p>Other voices－遠い声－　<a href="http://shinkaimakoto.jp/">http://shinkaimakoto.jp/</a></p>]]>

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<title>「フレデリック・バック展」　アニメーション作家の全貌を追う巨大空間</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2011/07/post_68.html" />
<modified>2011-08-29T03:17:28Z</modified>
<issued>2011-07-03T07:00:00Z</issued>
<id>tag:animeanime.jp,2011:/review//5.13388</id>
<created>2011-07-03T07:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">アニメーション作家フレデリック・バックの世界を紹介する「フレデリック・バック展」は、東京都現代美術館の企画展示室の1階と3階全てを使用する。</summary>
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<dc:subject>展覧会</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　展示空間の広大さにまず驚かされる。アニメーション作家フレデリック・バックの世界を紹介する「フレデリック・バック展」は、東京都現代美術館の企画展示室の1階と3階全てを使用する。東京都現代美術館の企画展示室は、1階、3階そしてより規模の小さな地下2階を含めて4000㎡以上とされていることからも、その規模の大きさが分かるだろう。<br />
　ブロックバスターと呼ばれる巨大な展覧会は決して珍しいわけではないが、それでもそれが一人のアニメーション作家にフォーカスしたものであることが驚きを与える。つまり、アニメーション作家を本当に語ろうとすれば、これだけの空間が必要になるという事実にである。展示作品は、およそ1000点にも及ぶという。</p>

<p>　　　　　　　<img alt="backten1.JPG" src="http://animeanime.jp/review/archives/backten1.JPG" width="300" height="199" /></p>

<p>　展覧会の構成は、まず前半で美術作家としてのバックにスポットを当てる。後期印象派の影響も窺わせるフランス時代の絵画から数々のイラストレーションまで。それらの作品群が、やがてバックの特徴である豊かな色彩や自然に対する視線につながることを理解させる。<br />
　そして、アニメーションの時代に移る。カナダに渡り、ラジオ・カナダでの仕事をきっかけに制作開始したものだ。部屋には制作のために描かれた素材と資料が展示される。短編アニメーションの制作が、膨大な創作活動によって支えられていることを示す。それは完成作品の量の少なさと「短編」との言葉から、手軽とやや誤解を受けることもある短編アニメーションへの偏見を打ち砕くのに充分だ。</p>

<p>　一方で、短編アニメーションならではの、展示の面白さもある。作品が短いがゆえに、展示資料と映像作品を並行して鑑賞することが可能になっている。<br />
　多くの展示で、映像自体の上映をしている。資料をみながら、実際にそれが動きだすとどうなるのかが確認出来るのだ。映像関連の展覧会の課題となりがちな、作品そのものを見せるというハードルを軽く飛びこす。<br />
　それでも鑑賞には時間がかかる。少しでもアニメーション、アートに興味がある人であれば、きちんと鑑賞しようとすれば、1時間では全く足らないであろう。美術館に足を運ぶ際は、たっぷり時間を取りたい。<br />
［数土直志］</p>

<p><strong>フレデリック・バック展／L'Homme qui Plantait des Arbres </strong><br />
開催期間: 2011年7月2日(土)～2011年10月2日(日)<br />
開催場所: 東京都現代美術館　企画展示室1F・3F<br />
<a href="http://www.ntv.co.jp/fredericback/">http://www.ntv.co.jp/fredericback/</a> </p>

<p>主催: 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館/日本テレビ放送網/マンマユート団 <br />
企画制作協力: スタジオジブリ/三鷹の森ジブリ美術館 <br />
特別協力:　アトリエ・フレデリック・バック（Ｉn partnership with the Atelier Frédéric Back, Montréal.）/ラジオ・カナダ/国際森林年国内委員会事務局<br />
*詳細は公式サイトで確認ください。</p>

<p>　　　　　　　<img alt="backten2.JPG" src="http://animeanime.jp/review/archives/backten2.JPG" width="300" height="199" /></p>

<p>　　　　　　　<img alt="backten3.JPG" src="http://animeanime.jp/review/archives/backten3.JPG" width="300" height="201" /></p>]]>

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<title>映画評　『トワノクオン』第１話　泡沫（うたかた）の花弁</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2011/06/post_67.html" />
<modified>2011-06-18T01:29:10Z</modified>
<issued>2011-06-18T01:30:00Z</issued>
<id>tag:animeanime.jp,2011:/review//5.13285</id>
<created>2011-06-18T01:30:00Z</created>
<summary type="text/plain">『トワノクオン』は2011年11月26日に49歳で亡くなった飯田馬之介監督が、病床で生命の火を刻みこむようにして準備を進めていた全６話の連作劇場アニメだ</summary>
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<dc:subject>アニメ・映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>文；氷川竜介（アニメ評論家）</strong></p>

<p>　ここしばらくアニメ関係者の物故が相次ぎ、心押しつぶされることが多い。だが、クリエイターの「遺された想い」はフィルムに焼きついて残る。できうることなら、その想いよ人に届いて永遠に続け……というのが、筆者の切なる願いである。<br />
　この『トワノクオン』は2011年11月26日に49歳で亡くなった飯田馬之介監督が、病床で生命の火を刻みこむようにして準備を進めていた全６話の連作劇場アニメだ（協力監督：もりたけし）。その「遺された想い」との心の共鳴に、震えが止まらない。</p>

<p>　舞台は未来の東京。目覚めた超能力に戸惑う少年少女たちと、それを狩ろうとする秘密の武装勢力の暗闘が続く。主人公クオンは若き能力者たちを守るため、自らを異形な者に変えて戦う……。これはどこか懐かしさのただよう設定の物語である。『Ｘメン』などとも共通する王道とも言えるし、肉体や精神の変化に戸惑いながらも仲間を見つけようとする思春期のメタファーともとれる。<br />
　みどころはボンズならではの手描きアニメーションの魅力とパワー。川元利浩アニメーションディレクターによるキャラクターデザインの人物作画は、実に美麗で清涼感にあふれている。中村豊監修によるバトル映像はスピード感にあふれ、特にたたみかけるような重量感あるコンボ技のボディアクションは実にカタルシスがあって、濃厚な時間があっという間にすぎる。</p>

<p>　飯田監督の作品は、『デビルマン 妖鳥死麗濡編』、『おいら宇宙の探鉱夫』、『機動戦士ガンダム／第08MS小隊』など、いずれも緻密なディテールと、誠実で理詰めな描写の積み重ねで盤石に構築されている。ウソやごまかしを排して引き絞ったうえで、アニメ的な快感を解き放つようなところがあった。そしてＳＦ、ファンタジー、特撮、漫画など過去の名作へのリスペクトに満ちあふれ、それも単なるパロディではなく「本質」を継承しようという意欲もみなぎっている。<br />
　『トワノクオン』もまた、そんな飯田馬之介監督らしさが全編にみなぎる作品だ。そして今回は、いままで以上に「生きること」の本質へ近づこうとする気迫が感じられる。各キャラの生きざまの中には、誰と言わずそれぞれの痛みや懐疑が居座っていて、どことなくもの哀しい。しかし、だとしても「生き続けること」「生き残ること」には、それ自体の価値がある、それは乗り越えられると、全力で訴えかけてくるように感じられた。<br />
　筆者は生前の監督とは短いおつきあいだったが、いつも全力でエネルギッシュに物事にあたりつつ、誰もが見落としそうなところへの気配りを忘れない、それでいて優しくもユーモラスな物腰に敬服していた。この作品も監督の性格が乗り移ったかのようで、上映中にあの巨体と笑顔が浮かんできて泣けた。</p>

<p>　なぜ生きるのか、なぜ戦うのか。いや、生きることそれ自体が戦いなのか。失ったものがあったとしても、未来へ向けた行動が大事ではないか。暴走するエネルギーならば、コントロールすればいい。能力者と機械化兵士、異形の者同士の戦いが不毛な連鎖であるなら、それを断ち切ればいい。すべては魂と志の問題なのだから、すべてはそこから始まる。永遠（とわ）も久遠（くおん）も、もはや自らには果たし得ぬことと知りながら、それでもなお限られた残り時間の中で、飯田馬之介監督がこの物語に託したものとは、そうしたメッセージだったように思える。<br />
　誰もが崖っぷちの生命の危機を肌身で感じるこの時期、監督の遺した貴重なパワーを、ぜひ真っ正面から受け止めてほしい。</p>

<p>『トワノクオン』　　<a href="http://www.towanoquon.com/">http://www.towanoquon.com/</a></p>]]>

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<title>映画評　『イリュージョニスト』</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2011/03/post_66.html" />
<modified>2011-05-10T13:03:26Z</modified>
<issued>2011-03-26T02:00:00Z</issued>
<id>tag:animeanime.jp,2011:/review//5.12741</id>
<created>2011-03-26T02:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">監督はシルヴァン・ショメ。2003年のアカデミー賞にノミネートされた『ベルヴィル・ランデブー』で知られるフランスのアニメーション作家だ。オリジナル脚本はジャック・タチ</summary>
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<name>animeanime</name>


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<dc:subject>批評</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>文；氷川竜介（アニメ評論家）</strong></p>

<p>　なんと美しくはかなく、そして切ない映画なのだろうか。時が移ろい、何か大事なものが落日に向かおうとするとき、人の心にわきたつ想いの機微が凝縮されている。時代の大きな節目を迎えている今だからこそ、観られるにふさわしい作品だと、まず思った。 <br />
　監督はシルヴァン・ショメ。2003年のアカデミー賞にノミネートされた『ベルヴィル・ランデブー』で知られるフランスのアニメーション作家だ。オリジナル脚本はジャック・タチ（1907～1982年）。『ぼくの伯父さんシリーズ』で高名な映画監督の未発表原稿が、娘によって最も映像化にふさわしい人物へ手渡されたという。それ自体が奇跡的な経緯から誕生した作品なのである。</p>

<p>　タチ監督の本名と同じタチシェフという老手品師が主人公で、ストーリーは実にシンプルである。1950年代末、テレビが台頭してロックンロールが始まり、ショービジネスが大転換にさらされた時代。劇場で技を見せる芸人は食いつめようとしていた。老いて手元も怪しいタチシェフの手品だったが、一人の少女がそれを魔法と信じてついて来る……。<br />
　道中起きるさまざまな出来事を、ほとんどセリフなしにユーモアとペーソスを絶妙な配分で交え、甘辛く綴っていく。本作ではほとんどカメラを振らず、長回しの中でアニメーション作画の演技によって切々たる心情がわきたつカットが実に多い。なぜこれがアニメーションで描かれる必然性があるのか。<br />
　以前『ベルヴィル・ランデブー』で来日したショメ監督へ取材の機会があったとき、筆者はパントマイムに通じる表現力があるのではないかと質問し、それは正解だった。純化された動きで心が表現されることに共通性があるわけだ。タチ監督もパントマイムで舞台に立っていたという。ということは、『イリュージョニスト』こそ、まさにベストマッチのアニメーション作品なのだ。</p>

<p>　この映画では、手品師の晩年を描いている。アニメーションの本質を突き詰めて考えていくと、手品に行き当たる。観客の視線を誘導し、トリックで見せる刹那の幻想（イリュージョン）。そのとき心の中にわきたつ驚きこそが、アニメの本質だ。という文脈を考えれば、「イリュージョニスト」をタイトルロールにした意味は大きい。劇中、生身を見せる舞台芸が電気を使う新しい芸術に追われて落日を迎える様が、主人公以外にもさまざまな芸人を介して描かれる。その構図は、手描きのアニメーションがＣＧアニメに追われて消滅しかけている諸外国の状況に重なる。<br />
　となれば、これは新旧が入れ替わる時代の節目を過去に託し、「いま」を描いた映画なのである。心の中で泣けて仕方がないのは、そのためだと、すぐに気づいた。ではジャンルの黄昏を描いているから悲哀に塗られた映画かと言えば、そうではない。絶望でもなく、取ってつけたような希望があるわけでもない。人生は順送りなのかという感慨がある。今またテレビが追われる立場になったことからも、それは自明だ。そして手品それ自体も消滅せず、役目を変えて継承されていく。<br />
　筆者は淡々とした筆致で描かれるクライマックスに「解放」を感じた。ラスト間際、いくつかのかたちで「解放」が描かれるが、珍しくはっきりと言葉になって示されたワンワードが、筆者の胸中でダブルミーニングに転じて激しく突き刺さった。これもまた今を象徴する言葉ではないか。繰りかえすが、その意味はふたつある。それは主人公タチシェフがラスト間際でとる行動からも自明だ。<br />
　観客がそれぞれ心中抱いたさまざまな想いを解き放ってくれるアニメーション映画。極上のワインのような多様で複雑で深い味わいを、ぜひ劇場の闇の中で体験してほしい。</p>

<p><br />
<strong>『イリュージョニスト』</strong><br />
<a href="http://illusionist.jp/">http://illusionist.jp/</a></p>]]>

</content>
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<entry>
<title>映画評　『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society 3D』</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2011/03/_stand_alone_co.html" />
<modified>2011-03-25T22:11:25Z</modified>
<issued>2011-03-25T22:30:00Z</issued>
<id>tag:animeanime.jp,2011:/review//5.12740</id>
<created>2011-03-25T22:30:00Z</created>
<summary type="text/plain">氷川竜介（アニメ評論家） 神山健治監督の『攻殻機動隊 S.A.C. SSS 3D』である。ゲーム機3DSとの共通点は「それは観る人を電脳化する3D」というキャッチコピーに集約されている。</summary>
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<name>animeanime</name>


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<dc:subject>批評</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>文；氷川竜介（アニメ評論家）</strong></p>

<p>　物心ついたころから3D立体視になじみ、普通の環境とする世代がついに登場するのか……。これはヤバイ、一過性のブームで終わらなさそうだぞ。ニンテンドー3DSを使ってみて、そんな認識が電撃のように走った。単にソフトが3D立体視化されただけなら、こうは思わない。内蔵3Dカメラで自分の顔を取り込んでゲームキャラにしたり、AR（拡張現実）カードの介在で自室のテーブルがグネグネと歪むゲームフィールドに変化し始めたとき、現実と非現実が入れ子になる大きな衝撃を久しぶりに覚えたのである。<br />
　この体験とシンクロするかのように、映像の世界でも脳内の深部を大きく揺さぶる作品が現れた。神山健治監督の『攻殻機動隊 S.A.C. SSS 3D』である。ゲーム機3DSとの共通点は「それは観る人を電脳化する3D」というキャッチコピーに集約されている。3D立体視という機能が現実を引き写し、模擬することにとどまらず、現実と非現実の間に大きな意味性を介在させ始めたという点に衝撃の本質がある。<br />
　『攻殻』の3D立体視変換は、2006年に制作された同作2D版の素材をベースに行われた。立体化自体はコンポジット技術として確立し、すでに長編もいくつか上映されている。本作の注目すべき新規な点は、その先にある「応用」と「可能性」にある。</p>

<p>　本シリーズは、人がサイボーグ化することを自然に受け止めるようになった西暦2030年代を時代設定としている。世界大戦を経て重武装化した人間が「公安」という特殊部隊に職を得て難事件にいどむ。この物語に呼応して、演出的には「電脳化された主観映像」が多用されてきた。日本のアニメでは、カメラポジションをどこに置き、どんなレンズを介して被写体を見ているのか、映画的な文法を重視しているためだ。<br />
　この考え方を拡張し、「電脳化された意識では主観映像は、きっとこう見える」という点に3D立体視の新規応用を集約したのが本作である。公安９課のチームは、捜査を秘密裏にすすめるため、音声を使わず電脳同士で内話（思考）を接続して会話する。同時に視覚情報には、捜査に必要なサーモグラフなどのデータがサブウインドウとしてオーバーレイされる。この主観的な副次情報はきわめて人工的に立体感で描かれているため、客観的に進むシーンのナチュラルな立体感との間に激しいギャップが生じる。<br />
　この立体感の落差が「自分はサイボーグとして、今この場に立ちあっているのだ」という異様な臨場感を発生させるというわけだ。オープニングで映像ごと3DCGで完全な立体感を実現した新作の電脳世界（制作は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のスタジオカラー、デジタル部）を提示し、体験させた後だけに、その感覚は自然に脳へ染みこんでいく。</p>

<p>　映画の世界では5.1chサラウンドによって、音だけは人間をトータルに包みこむ立体感を先に獲得していた。この立体音響と、これまで覚えたことのない独特の立体的視覚との相乗効果が、場面に驚くべき緊張感をもたらす。草薙素子に代わってリーダーとなったトグサが究極の選択を迫られるシーンや、ありえないようなピンポイント狙撃シークエンスなどでは、次がどうなるか熟知しているのにもかかわらず、驚異の没入度が喚起される。<br />
　3D立体視それ自体は、写真や映像の世界では非常に古くから存在していた。映画興行としても、ブームになっては衰退する歴史を繰り返してきたため、一過性ではないのか、2D主体の日本製アニメとは親和性が乏しいのではないかと軽視しがちであった。だが、3D立体視が人の認識力を拡張する方向性において、新たな入力インタフェースとして進化をし始めたというなら話は別だ。そこには新たなフロンティアが見える。<br />
　過去にない大きなアドバンテージを獲得させたものはデジタル技術だ。であれば、この進化の扉を開いたのが『攻殻機動隊シリーズ』であったことにも大きな意味がある。そんなレベルでも認識の拡張が得られるという点で、まさに必見の映画だろう。この予行演習の次に来るべき、神山健治監督ならではの3D立体視・応用編に期待したい。</p>

<p><br />
<strong>『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society 3D』</strong><br />
公式サイト　<a href="http://www.ph9.jp/">http://www.ph9.jp/</a></p>]]>

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<title>「ガンダムシリーズのメビウスの輪」と「機動戦士ガンダムUC」　</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2011/03/uc.html" />
<modified>2011-03-19T16:05:42Z</modified>
<issued>2011-03-19T16:00:00Z</issued>
<id>tag:animeanime.jp,2011:/review//5.12712</id>
<created>2011-03-19T16:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">福井晴敏の小説を原作にした『機動戦士ガンダムUC』は、『劇場版 機動戦士ガンダム00』とは対照的に驚くほど「ガンダム」である。これは悪い意味ではない。</summary>
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<name>animeanime</name>


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<dc:subject>アニメ・映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>数土直志</strong></p>

<p>　1979年に世に誕生した『機動戦士ガンダム』（ファーストガンダム）が、制作当初のスタッフ、関係者の思惑を大きく超えて大ヒットとなったことはよく知られている。多くのファンの心を捉えた作品は、2011年の今に至るまで新作シリーズが生みだされ続けるほどの大成功を収めた。新シリーズには、新たな設定や世界観が次々と付加され、ガンダムの世界（＝宇宙世紀）の物語はどんどん豊かになっていった。<br />
　それはファーストガンダム制作当初には予期しなかったものであるが故に、同時にガンダムという大河ドラマに幾つかの問題を持ち込んだ。作品間の設定の矛盾などである。しかし、最大の問題は、物語のなかでのわずか20年足らずの短期間に、あまりにも多くの戦いが起きていることでないでないだろうか。</p>

<p>　つまり、ガンダムの長編シリーズの物語構造は、どれも大きな部分で共通している。ふたつ以上の軍事的勢力が戦争をして、一定の決着と伴に終わる。しかし、それはつかの間の平和でしかない。新たな勢力が急激に台頭、また戦争が起きる。それが決着する。そして、また新たな勢力が・・・<br />
　『機動戦士ガンダム　逆襲のシャア』で、TMネットワークが主題歌「BEYOND THE TIME（メビウスの宇宙を越えて）」で唄ったように、戦いが終わると直ぐに次の戦いが用意されるガンダムという作品はまるで永遠にループして抜け出せないメビウスの輪の様だ。<br />
　このループは無意識のうちで起こっているわけでない。むしろファンの要望として、その要望を実現するビジネスとして意識的に行われている。それはいまや「ガンダム」というひとつのジャンルで、構造としてメビウスの輪から抜けだせないのだ。<br />
　そして、メビウスの輪的構造は、宇宙世紀を舞台としたガンダムだけの特徴ではない。『機動戦士ガンダムW』、『機動戦士ガンダム SEED』シリーズも同様の構造を持っている。つまり、新シリーズの展開があると、同じような戦いの構造が再び繰り返されるというものだ。</p>

<p>　こうしたメビウスの輪から抜け出す試みが、これまでなかったわけではない。ひとつはガンダムの生みの親である富野由悠季監督の『ターンエーガンダム』だ。富野由悠季監督は、本作で全てのガンダムを肯定すると述べた。ガンダムシリーズ全部を黒歴史という概念で括る。登場人物のディアナは次の様に語る。「これらが黒歴史と言われているのは、人類の最終戦争だったからで、数百年続きました」と。戦いが続くのは必然、あまりにも頻繁に繰り返される戦争も正当化されるというわけだ。<br />
　しかし、こうした富野監督の意気込みの一方で、ビジネスとして回り続けるガンダムは、その後も依然メビウスの輪の中で新たなループを続ける。『ターンエーガンダム』後にも、とても黒歴史のなかに収まりそうもない『機動戦士ガンダムSEED』シリーズや『機動戦士ガンダム00』などが創られる。『ターンエーガンダム』は、無限ループを続けるシリーズに富野監督自身が決着をつける作品だったのかもしれない。</p>

<p>　その後、このメビウスの輪から抜け出す試みに挑戦したのは、水島精二監督の『劇場版 機動戦士ガンダム00 Awakening of the Trailblazer』だ。2009年にファーストシーズンがテレビに登場した際は、いかにもガンダム的な世界が繰り広げた。「近未来」、「人型兵器」、「複雑に絡み合う軍事勢力」、「悩める主人公」・・・。そして第2シーズンは、やはり依然続く紛争だ。<br />
　ところが劇場版で、作品は全く別の様相をみせる。平和が訪れた地球は、軍事的な緊張を抑え込むのに成功する。そして、新たに主人公たちに襲いかかる敵は、なんと太陽圏外から来た異生体である。『ガンダム00』は、地球以外の生命を物理的に登場させた初のガンダムシリーズになった。これまでのガンダムシリーズの枠を完全に打ち破ったのだ。<br />
　水島精二監督は『劇場版 機動戦士ガンダム00』で、ファーストシーズン、セカンドシーズンに続いて、また新たな地球人同士の戦い、3ループ目を描いても良かったはずだ。いや、むしろそれが望まれていたはずだ。しかし、そこに敢えて、太陽圏外からの生体を物語に持ち込んだのは、ガンダムシリーズの持つメビウスの輪的構造の弱点を意識していたのでないだろうか。そして『00』は、メビウスの輪を打ち破ることで傑作と成りえた。</p>

<p>　この『劇場版 機動戦士ガンダム00』とほぼ並行して制作されたもうひとつのガンダムシリーズが『機動戦士ガンダムUC』である。江戸川乱歩賞でデビューした大物作家福井晴敏の小説を原作にした本作は、『劇場版 機動戦士ガンダム00』とは対照的に驚くほど「ガンダム」である。<br />
　これは悪い意味ではない。悩める主人公の成長と細かなメカ設定、複雑に絡まった世界状況、そのなかで繰り広げる戦闘シーン。長年、多くのファンがシリーズに求めて止むことなくなかったガンダム的世界が、余すところなく盛り込まれる。しかも、その全てが驚くべき情熱と共にハイレベルで実現する。そして、圧倒的な映像クオリティー。3月5日にリリースされた「episode 3: ラプラスの亡霊」を観ると、この作品からおよそ欠点など見つけることが出来ない。<br />
　『機動戦士ガンダムUC』の成功は、まずガンダムであろうとしたことにある。つまり、ガンダムが長年受入れられてきた構造を全部受入れること、プログラムピクチャーとして最大限丁寧に作る。その結果として突出した作品となった。<br />
　<br />
　実はガンダムとして成り立たせる要素を丁寧に描き、傑作を生みだした例は、『ガンダムUC』が最初ではない。1982年の『機動戦士ガンダム0083』である。『0083』は、ファーストガンダムとその続編として制作された『機動戦士Zガンダム』の間に位置する。続編であると同時に、後に続くZガンダムとの整合性もつけなければいけない。しかも、物語の結論は見えている。最終的に連邦は勝つのだ。なんとも創作の自由度の低い作品だ。<br />
　にもかかわらず、『0083』は、主人公コウ・ウラキ、その敵役アナベル・ガトーという魅力的なキャラクターを生み出す。『0083』は新たな世界観というよりも、ガンダムの世界観の補完に重点が置かれ、むしろ人間ドラマに力が入れられた。極限まで高められた作画も『ガンダムUC』と共通する。『0083』がシリーズの中でも特に評価が高い作品であることは、世に求められるガンダムが何かを知るには興味深い。</p>

<p>　ただし『ガンダムUC』の面白さが、プログラムピクチャーとしてのガンダムを高度仕上げることだけでないのも見逃してはいけない。『ガンダムUC』は、これまでのシリーズにあまり見られなかった要素が盛り込まれている。それは、「謎解き」である。<br />
　大きな謎を提示して、物語の進行と伴にそれが解き明かされて行く。「謎解き」は物語のオーソドックスな方法のひとつだ。しかし、ガンダムシリーズでは、これまでそうした展開はあまり用いられることがなかった。<br />
　しかし、『ガンダムUC』の作品の中心となっているのは、間違いなく「ラプラスの箱とは何なのか？」という謎解きなのである。この謎に対する興味が、物語全体を牽引する。さらに「オードリー・バーンとは何者か？」、「主人公バナージの出生の秘密」といった幾つもの謎が重なるなど、作品にこれまでのシリーズとは違う趣を与える。『ガンダムUC』は、ガンダム的な特徴を最大限に活かしつつ、新たな挑戦を行い、融合させる。『ガンダムUC』の本当の面白さは実はこちらにある。本作のOVAは全6話を予定している。残りあと3話、いま最も気になるアニメシリーズだ。</p>]]>

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<title>映画評　『劇場版マクロスＦ ～サヨナラノツバサ～』</title>
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<modified>2011-02-25T23:56:15Z</modified>
<issued>2011-02-26T00:00:00Z</issued>
<id>tag:animeanime.jp,2011:/review//5.12567</id>
<created>2011-02-26T00:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">文；氷川竜介（アニメ評論家）.シリーズ25周年記念作品として「マクロス全部入り」が大きな課題だった『マクロスＦ（フロンティア）』。今回の劇場版「恋離飛翼～サヨナラノツバサ～」は、その「完結編」</summary>
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<dc:subject>アニメ・映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>文；氷川竜介（アニメ評論家）</strong></p>

<p>　シリーズ25周年記念作品として「マクロス全部入り」が大きな課題だった『マクロスＦ（フロンティア）』。今回の劇場版「恋離飛翼～サヨナラノツバサ～」は、その「完結編」にふさわしい圧巻の仕上がりである。河森正治総監督に、ひときわ大きなピリオドを打たれた気分になる映画だと言える。</p>

<p>　もともとＴＶシリーズ全25話として2008年に物語はいったん完結を迎えていたが、ＴＶからかなりのシークエンスと映像を流用した前編「虚空歌姫～イツワリノウタヒメ～」に比べ、今回はごく一部のＢＡＮＫ的なカットを除いてほぼ完全な新作となった。その新鮮さが、まず大きな魅力だ。<br />
　キービジュアルに相当するランカ・リーのハジけた魔法少女スタイルを含め、驚きのライブと歌とが用意されていて、もちろん期待どおりのサービスはきちんと入っている。次から次へと光と音が劇場の空気を満たし、新曲に加えて新たな情報と展開が眼前に出現し、ドラマとストーリーに絡んだ芳醇な刺激が脳内へとたたきこまれる。全身を包む波動が気持よく感情を昂ぶらせるという点で、やはりこれは劇場の大きな空間でないと得がたい体験だと言えよう。<br />
　もともと「歌と戦闘のグルーブ感が恋愛の三角関係に絡みついて感動へと昇華する」というのがマクロスシリーズで四半世紀にわたって受け継がれてきた作法だった。この完結編は、その決定版なのである。おそらく感情が上がったり下がったり、急ハンドルを切られてビックリしている間に２時間弱があっと間に過ぎるだろう。テレビを知っている人もマクロス自体をよく知らない人も、この急流のような波乗り感覚は満喫できるはずだ。</p>

<p>　物語的には、銀河の妖精シェリル・ノームがマクロス・ギャラクシーから送りこまれたスパイ疑惑という前編での新設定を絡め、大きな変化が描かれている。メカ戦闘についても、アルトが乗る機体はバルキリーの実験機YF-29と新型が用意され、フォールドクォーツを満載した仕掛けもそなえている。宇宙空間以外にも大地と重力のある大気圏内の戦闘にチャレンジし、マクロスクォーターさえもが新しい驚きのワザを繰り出す。<br />
　こうした「あの手この手」の新しさと楽しさが有機的に結びつき、大きな「うねり」となってクライマックスに到達し、未踏のエンディグへと導いていく。それでは、これまでと完全に違うものになったかと言えば、そうでもないところが『マクロスＦ』らしく、嬉しい点だった。「フロンティア」は「未開」ではあるが、完全に新しい地点のことではなく、あくまでも「これまで到達できた地点ありきで、もう一歩先へと限界に踏み出した最前線」なのだから。</p>

<p>　映画を観終えた後は、あらためてこれまで体験してきた『マクロスＦ』のすべてが愛おしく思えてきた。もう一度、ＴＶシリーズの最初から映像や楽曲を追体験したいとさえ感じたのである。つまり、過去を刷新や更新して「なきもの」にした作品ではない。<br />
　その意味において、まさに「フロンティア」な作品であり、正しく「マクロス全部入り」としてのピリオドを打った完結編なのだ。これをスプリングボードとした、次なる飛翔がますます楽しみになるではないか。</p>

<p>『劇場版マクロスＦ ～サヨナラノツバサ～』<br />
<a href="http://www.macrossf.com/movie2/">http://www.macrossf.com/movie2/</a></p>]]>

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<title>第14回文化庁メディア芸術祭　多角的な短編アニメーション</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2011/02/14.html" />
<modified>2011-02-23T05:53:27Z</modified>
<issued>2011-02-23T06:00:00Z</issued>
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<created>2011-02-23T06:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">国立新美術館および東京ミッドタウンにて第14回文化庁メディア芸術祭が開催された。会期中には展示や上映のほかにシンポジウムなども行われ、</summary>
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<dc:subject>展覧会</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>文：　真狩祐志</strong></p>

<p>　2月3日から13日まで国立新美術館および東京ミッドタウンにて第14回文化庁メディア芸術祭が開催された。会期中には展示や上映のほかにシンポジウムなども行われ、2月2日の「バルト三国での日本のアニメ人気事情」や2月3日「世界のアニメーションフェスティバルから発信される表現の魅力」では、新海誠氏の影響が見られる短編アニメーション『Я люблю тебя（I Love You）』が紹介されて話題となった。</p>

<p>　アニメーション部門では石田祐康氏の短編アニメーション『フミコの告白』が優秀賞を受賞したことでも注目された。2月12日の「アニメーション部門優秀賞『フミコの告白』作家トーク」では、石田氏が自ら監督した当作品について解説した。<br />
　石田氏を含む5名での制作とはいえ、プロのアニメーション制作の現場に引けを取らないプロダクションワークであることを改めて実感させられた。同日、石田氏はその前の時間帯の「ネット時代における映像の多様性：表現と配信について」にも出演している。</p>

<p>　短編アニメーションの概況については、2月8日の「若手アニメーション作家が目指すもの」や2月13日の「アニメーション部門受賞者シンポジウム①」などでも語られている。こちらは同じく優秀賞を受賞した『わからないブタ』の和田淳氏らが出演した。<br />
　当芸術祭において石田氏は、短編アニメーションを題目とした出演はなかったが、短編アニメーションと銘打たれる場合には『フミコの告白』のような作風がカテゴライズされにくい印象を持つ人が多いように思われる。<br />
　当時『フミコの告白』が公開された後には、各メディアで石田氏のインタビューなどが掲載されていた。ただ、それを読んで「違和感」を持つ人が少なからずいたようでもある。というのも、これまで『フミコの告白』のような作風は大学において「異端」とされやすい風潮があったからでもあるだろう。しかし今や、大学の正規教育によってそうした作品が出てくるようにもなっている。そのことに対する「違和感」でもあるに違いない。</p>

<p>　「ネット時代における映像の多様性：表現と配信について」は部門クロストークとなっており、石田氏のほかアート部門で『NIGHT LESS』が優秀賞の田村友一郎氏とエンターテインメント部門で『Tabio Slide Show』が優秀賞の児玉裕一氏が出演した。田村氏は『NIGHT LESS』でGoogle Mapの画像を利用してコマ撮りともとれる映像表現を行った。児玉氏は3年連続でSPACE SHOWER MUSIC VIDEO AWARDSのBEST DIRECTORに選ばれるなど、近年で最も勢いのあるミュージックビデオ監督である。<br />
　文化庁メディア芸術祭においてアニメーションは短編の場合、アート部門とエンターテインメント部門にも応募が可能である。2月5日の「ミュージックビデオの可能性」には『ラストピース 花沢悦子編』で審査委員会推薦作品の水野貴信氏、2月12日の「エンターテインメント部門受賞者シンポジウム②」には『夏を待っていました／amazarashi』で優秀賞のYKBX氏も出演した。水野氏もYKBX氏も共に少人数でアニメーションによるミュージックビデオを制作している。</p>

<p>　短編アニメーションというと大部分の作業を個人が負うイメージも持たれがちであるが、映画祭などで受賞している海外作品でもプロダクションが制作したものが多々見られる。国内でも例えば水野氏が所属する神風動画の作品がアヌシー国際アニメーションフェスティバルなどで上映されたりしているなど、国内の中小規模のプロダクションの作品もあるものの、国内ではその側面で語られることが意外と多くない。<br />
　その一方で、『わからないブタ』の和田氏が卒業した東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻は「大学がプロダクションの役割も担う」と明言している。この点では、個々人での制作であっても大学という「集団」といった位置づけにもなる。</p>

<p>　さらにアニメーションが何を目的として制作されているのかにも目を向けると、アニメーション部門のほかに見られる作品の理解が可能だ。特にエンターテインメント部門は多方面へのプロモーション展開を念頭においているものが基本的に多く、そのうちの1つとしてアニメーションが制作されているという場合もよくある。2月11日は「エンターテインメント部門推薦作品『豆しば』作家トーク」も行われたが、この『豆しば』もキャラクター展開の1つとしてアニメーションが制作されていることからでも分かるだろう。</p>

<p>　国内における短編アニメーションの状況は、年を追うごとに大学生の作品の比重が増してきている。これも結局のところ、アニメーション制作がプロモーションや商品展開などといった用途に影響されるかどうかといった部分も一理ある。中小のプロダクションがオリジナル企画を立てて制作するにしても、単にアニメーションを制作するというだけでなく、それに付随した展開まで念頭に置かざるを得ないからでもある。その辺りが作品のあり方への分水嶺ともなっているようだ。<br />
　とかく短編アニメーションは「作家性が強い」、「アート色が強い」といった感想が聞かれがちだが、字義通り「短編＝尺が短い」と捉えるだけでこのように多角的な視点を回復させられるのではないだろうか。</p>

<p>文化庁メディア芸術プラザ　<a href="http://plaza.bunka.go.jp/festival/">http://plaza.bunka.go.jp/festival/</a></p>]]>

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<title>文化庁メディア芸術祭　本年は部門ごとの独立性を重視</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2011/02/post_64.html" />
<modified>2011-06-19T08:48:39Z</modified>
<issued>2011-02-03T11:30:00Z</issued>
<id>tag:animeanime.jp,2011:/review//5.12436</id>
<created>2011-02-03T11:30:00Z</created>
<summary type="text/plain">文化庁メディア芸術祭が、2月2日から12日間の予定で始まった。上映会やシンポジウム、ワークショップなど様々な企画が用意されるイベントだが、最も多くの人が足を向けるのは、国立新美術館にある展示部門だろう。</summary>
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<dc:subject>展覧会</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　今年で14回目を迎える文化庁メディア芸術祭が、2月2日から12日間の予定で始まった。上映会やシンポジウム、ワークショップなど様々な企画が用意されるイベントだが、最も多くの人が足を向けるのは、国立新美術館にある展示部門だろう。<br />
　展示されるのは受賞作品に審査員推薦作品も加え、数百にも及ぶ。2011年のメディアアートの現在が、ひとつの空間に収められまさに圧巻だ。また、メディア芸術祭の最大の特徴であるアート、エンターテイメント、アニメーション、マンガという異なった4分野がクロスオーバーも体験出来る。</p>

<p>　そうした展示部門の展示方法は、毎回一様でなく、年ごとに異なったコンセプトが見られる。今年の展示方法は、例年に較べてより整理された、分かり易い展示が目指されたようだ。会場は領域ごとに区切られて、さらに入り口から出口まで順路が導入される。<br />
　会場を入って直ぐはアート部門、ここは現代美術の展覧会の様に手際よく作品が並べられる。視覚的なもの、体験型のものそれぞれの作品に応じた見せ方を凝らす。</p>

<p>　これを抜けるとマンガ部門だ。大きく拡大されたマンガの絵を壁に、作品の原画などを展示する。それぞれの原画は、作品の見せ場ばかりでファンにとっては目が離せない。続くアニメーション部門も同様で、作品の映像紹介と原画や絵コンテ、背景などが並ぶ。<br />
　ただ両部門でやや物足らないのは、マンガとアニメーションは作品そのもの全編見ないと理解し難いことがネックになっている点だ。それだけに作品の断片を展示している感があり、例えば作品世界を紹介するテキストなどがもっとあれば作品を知らない人にもより近づき易いのでないかと感じた。</p>

<p>　最後のエンターテイメント部門はウェブやコマーシャル、ゲーム、デジタルガジェットと、メディア芸術祭のなかでも特に幅広い領域をカバーする。そうした特長もあり、展示作品もヴァリエーションに溢れ、カオスじみた様相を呈している。しかし、それは不快なものでなくむしろ心地良いカオスだ。<br />
　むしろ今回の展示はあまりにも整理され過ぎて、メディア芸術のクロスオーバーな刺激、相互の刺激が薄れているように感じた。これまでの展示では来場者が感情に任せて、それぞれの領域を気にすることなく自由に行き来きしていた。アニメやマンガの向こうに現代アートが、ゲーム映像の隣から映像インスタレーションが見えたりといった具合だ。<br />
　それだけに今回は作品鑑賞のあり方が定型化された感じだ。来場者数が増えたことに対する対応や、かならずしも各分野に詳しくない来場者が多いという事情が、こうした展示方法の理由かもしれない。ただ、自分の見たいように見たいわがままな鑑賞者にはやや不自由かもしれない。<br />
［数土直志］</p>

<p><strong>第14回文化庁メディア芸術祭</strong><a href="http://plaza.bunka.go.jp/festival/">http://plaza.bunka.go.jp/festival/</a></p>]]>

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<title>テーマはニコ動 ニコニコミュージカル第2弾は骨太な物語</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2011/01/_2.html" />
<modified>2011-06-19T08:49:50Z</modified>
<issued>2011-01-08T14:30:00Z</issued>
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<created>2011-01-08T14:30:00Z</created>
<summary type="text/plain">1月7日、東京・全労災ホール／スペースゼロにて、ミュージカル『ニコニコ東方見聞録』の舞台が始まった。本作はニコニコ動画がプロデュースする</summary>
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<dc:subject>TVアニメ</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　1月7日、東京・全労災ホール／スペースゼロにて、ミュージカル『ニコニコ東方見聞録』の舞台が始まった。本作はニコニコ動画がプロデュースする「ニコニコミュージカル」の第2弾である。動画投稿・共有から始まり、いまや音楽アーティストのデビューの場、アニメの公式配信から経済・政治まであらゆる事象を飲み込みつつあるニコ動による異色の舞台公演だ。<br />
　第1弾はディケンズの『クリスマス・キャロル』を現代にアレンジし、ホリエモンこと元ライブドア社長の堀江貴文さんを主演とした異色作となった。強欲をテーマにした作品の主人公に敢えて堀江貴文さんを据えるニコ動特有の話題づくり満載の注目作となった。</p>

<p>　第2作となった『ニコニコ東方見聞録』は、そのタイトルから判るようにミュージカルのテーマに「ニコニコ動画」を持ちこんだ。さらに現在ニコニコ動画で大きなムーブメントなっている「歌ってみた」から登場したカリスマ的な「歌い手」たちを出演に配置する。『クリスマス・キャロル』と同様、かなり話題づくりを意識していることが窺える。<br />
　ところが一旦舞台の幕があがると、本作がそうした戦略的なプロモーションと関わりなく、驚くほど骨太な物語であることに気づく。</p>

<p>　主人公のポコタ（ぽこた）はイタリアに住むニコ厨（ニコニコ動画ファン）。彼の夢は日本に行きニコニコ大会議に参加すること。ところが天才科学者堀衛門（やまだん）に騙されてロケットで日本に到着すると、なぜか日本は100メートル四方しかない小さな島で、ポコタそっくりのハヤブサ（ぽこた二役）がニコニコ動画を乗っ取り独裁体制を敷いている。<br />
　ポコタと友人のダソク（蛇足）、繚乱（百花繚乱）は、それに対立するレジスタンス梅山トメ（野宮あゆみ）らとの戦いに巻き込まれる。やがて明らかになる真実とは・・・</p>

<p>　ナンセスなストーリー、脈絡のない展開に、自虐ネタ、楽屋落ち、時事ネタとエンタテイメント満載だ。一方で、物語には明確なメッセージが盛り込まれ、最後にほろりとさせる落としどころも準備されている。ニコ動讃歌の側面が強いのは観ているとやや気恥しくも感じるが、そうした圧倒的なポジティブ志向が観て明るくなれるこの舞台の最大の持ち味なのだ。<br />
　そして、やはり見逃せないのが、ミュージカル音楽の魅力だ。公演は全部で7回、出演者も絞っており、ブロードウェイミュージカルのような予算があるわけでない。しかし、出演者たちの圧倒的な歌唱力は特筆ものだ。会員数1900万人のニコニコ動画の厳しい眼を経て頭角を現した「歌い手」たちのパワーに驚かされる。まさに、ニコニコ動画でしか出来ない舞台と言っていいだろう。</p>

<p>　さらに、ニコニコ動画ならでは試みは、舞台のお客はシアターの観客だけでないことだ。本作はニコニコ動画を通じて有料配信もされている。劇中に設けられた様々な突っ込みどころが、ネットの向こうの観客も意識していることは間違いない。そして、視聴者によって書き込まれたコメントは、今度は舞台上部に設けられたスクリーンに映しだされる。単なる舞台でなく、中継でもない。シアターにいるのと、ネットで観るのと異なる経験が出来る。<br />
　ニコニコ動画は、今年1月に東京・原宿にライブエンタテイメントとその中継拠点ともなるニコニコ本社を立ち上げた。ネットの中で育ったカルチャーは、いまリアルの世界に飛び立とうとしている。それをまたネットにつなげることで、新しいかたちのエンタテイメントを作りだしている。『ニコニコ東方見聞録』は、そんなニコニコ動画の挑戦を象徴するような作品だ。</p>

<p>『ニコニコ東方見聞録』　<a href="http://info.nicovideo.jp/nicomu/tohokenbunroku/">http://info.nicovideo.jp/nicomu/tohokenbunroku/</a></p>]]>

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<title>映画評　『GARO THE MOVIE 3D/RED REQUIEM』 </title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2010/10/garo_the_movie.html" />
<modified>2010-10-30T01:38:06Z</modified>
<issued>2010-10-30T01:00:00Z</issued>
<id>tag:animeanime.jp,2010:/review//5.11866</id>
<created>2010-10-30T01:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">東映でも円谷プロでもない。すべては、雨宮慶太というクリエイター個人・・・。日本特撮映像史上における、「GARO〈牙狼〉」</summary>
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<dc:subject>アニメ・映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>文；斉藤守彦（映画ジャーナリスト）</strong></p>

<p>　東映でも円谷プロでもない。すべては、雨宮慶太というクリエイター個人のモチベーションとイマジネーションから派生した。それが日本特撮映像史上における、「GARO〈牙狼〉」というシリーズの独特のアイデンティティである。壮絶なるTVシリーズ終了から4年半。スペシャル「白夜の魔獣」を挟んでの新作が、なんと劇場映画!!なんと3D!!それも2Dで撮影した映像を、ポスプロ段階で3D化するという、我々が“なんちゃって3D”と呼ぶ、「タイタンの戦い」のような手抜きではなく、ちゃんと3Dで撮影を行うのだという。それだけでも雨宮ファンの血がたぎるではないか。</p>

<p>　驚いたのは、TVシリーズ「GARO〈牙狼〉」のキャラクター・設定を引き継ぐ劇場版であるにもかかわらず、TV版の主役・鋼牙と相棒ザルバ以外は、レギュラー・キャラが登場しないというその内容だ。雨宮監督によれば、これは「1本の映画として、TVシリーズを知らない観客にも楽しんでもらいたい」との理由によるものだという。そしてこの試みは充分に成功している。仮にTVシリーズやパチンコの「GARO〈牙狼〉」を知らない観客が見たとしても、この劇場版「GARO THE MOVIE 3D/RED REQUIEM」 から受ける充実感は変わらないだろう。いや、インパクトという点では、むしろTVシリーズを未見の観客のほうが、より楽しめるかもしれない。<br />
　何と言っても「GARO〈牙狼〉」の真骨頂はアクション。今回も主役の小西遼生は言うに及ばず、ヒロイン・烈花役の松山メアリのダイミックな動き、魔鏡ホラー・カルマの原紗央莉のセクシーさは、見応え充分。また出色だったのが、江口ヒロミ扮する謎の女・シオンの、不気味な存在感だ。「幻星神ジャスティライザー」では清楚な美女を演じた江口だが、実は二重人格的なキャラを巧みに演じる女優であることは、河崎実監督の「ヅラ刑事／頭上最大の決戦」で証明済み。クールで不気味、そして凶暴な役が似合う、いい女優になったものである。</p>

<p>　3D撮影ということでアクションの段取りなどは通常以上に大変だったようだが、特筆すべきは3D映像が、雨宮監督の映像美学に見事に溶け込んでいることだ。つまり「バイオハザードIV／アフターライフ」のように、3D撮影を誇示せんがため、無駄に刀や眼鏡を前方に飛ばして、立体感を強調してみせるという過剰な演出がないのである。冒頭の魔戒文字から黄金騎士ガロを包み込む炎等、本作における3D映像は、すべて雨宮監督の美学を形成するために存在し、すべては雨宮監督の世界観を表現することに貢献している。志のあるクリエイターと、その意を理解し、熟練したスタッフの手腕を持ってすれば、テクノロジーに振り回されることなくイマジネーションが現実化出来ることを、「GARO THE MOVIE 3D/RED REQUIEM」は証明したのだ。横山誠アクション監督をはじめとする、TVシリーズ以来の「GARO」チームの存在が、それらを可能にしたことは言うまでもない。<br />
　なお筆者が試写会で鑑賞した際の3D上映はXpanDであったが、この方式での上映は、画面が暗くなる傾向が強い。本作はナイトシーンも多いことから、リアルDかマスターイメージ方式で3D上映している映画館を選ぶことをお薦めする。各シネコンのオフィシャルサイトに上映方式が明記してあるはず(ワーナー・マイカル・シネマズは、全サイトがリアルD)。実はリアルDとマスターイメージの3D眼鏡には互換性があり、どちらかの眼鏡(またはメガネ・オン・眼鏡用のアタッチメント)を持っているのであれば、どちらの方式でも3D映像を楽しめる(筆者実験済)。</p>

<p><strong>映画『牙狼＜GARO＞ ～RED REQUIEM～』　公式サイト</strong><br />
<a href="http://www.garo-3dmovie.jp/">http://www.garo-3dmovie.jp/</a></p>]]>

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<title>映画評　『REDLINE』</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://animeanime.jp/review/archives/2010/10/redline.html" />
<modified>2010-10-09T00:32:22Z</modified>
<issued>2010-10-09T00:30:00Z</issued>
<id>tag:animeanime.jp,2010:/review//5.11750</id>
<created>2010-10-09T00:30:00Z</created>
<summary type="text/plain">映画評　『REDLINE』。文；氷川竜介（アニメ評論家）　ときめきながら待ち続ける観客たちの前で、四輪マシンの激しいデッドヒートが始まる。限界までスピードを極めようとする</summary>
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<dc:subject>アニメ・映画</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://animeanime.jp/review/">
<![CDATA[<p><strong>文；氷川竜介（アニメ評論家）</strong></p>

<p>　ときめきながら待ち続ける観客たちの前で、四輪マシンの激しいデッドヒートが始まる。限界までスピードを極めようとするレーサーたちの心意気に充ちた走り。さまざまな異星から集結した特徴ある車の動きは、空間を切り裂いて歪ませ、鋭く荒々しい軌跡は視覚を引っかき回して、脳内にある堅い拘束を解放する。重低音の音楽の響きが観客の全身を震わせ、車体の振動や舞い散るリズムと溶けあったとき、思わず笑い泣きしたくなるような共鳴の感動が身を包み、脳内が何か怪しい「汁」で充たされる心地よさを覚える。<br />
　そんなワクワクする快楽と解放感を同時に与えてくれるのが、石井克人原作・脚本、小池健監督の『REDLINE』というアニメ映画である。10万枚という非常識な作画枚数を、使うだけ使いきって、まさに純粋な「アニメーションだけが可能とする刺激と快楽」だけをエキスとして絞りとったような作品だ。<br />
　必ずどこかが黒ベタで塗りつぶされたコントラストの濃い画風。背景も美術ではなく、パキッと彩度の高い作画を主体に描かれている。これに日本のアクション＆エフェクト作画を変えた金田伊功流の直系にあたる作画が加わって、一気にテンションが高まる。強調された遠近パース、１コマ単位で激しいアクセントを刻む緩急のタイミング、生き物のように軌道を変えるビームや膨れあがってうねる爆発と煙などなど、全体の大きなパートを占めるレースシーンは、まさに乱痴気無軌道な「お祭り騒ぎ」のパーティーである。</p>

<p>　木村拓哉、蒼井優、浅野忠信と、キャストは話題性豊富。ストーリー展開も実にシンプルでストレートだ。格好いい男が可愛い女のため、四輪レースで勝とうと疾走する。すべてはこれに奉仕するためだけに構築されたデコレーションではある。しかし、バカだ、中身がないというのは、この作品の場合、ぐるっと回って褒め言葉に逆転する。そこまでのバカを高純度で極めたアニメ映画が、過去どれくらいあったというのだろうか？<br />
　たとえばありがちな感想として、「格好いい『チキチキマシン猛レース』だね」と、常套句のように言われる。だが、スピード感を限界まで極めて、まるでその速度を体感したかのように魂で感じられる『チキチキ～』が、どこの世の中にあるというのだろうかと、逆に問いたいくらいだ。常識の尺度からはバカげてあり得ないことにこそ、徹底して生命を賭ける価値がある。その純粋さこそが美しく輝くはずだ。このことは、作中で描かれる内容と響き合ってシンクロしている。小賢しく整ったアニメは他にあるから、別にいいじゃないか……とさえ思えてくる。</p>

<p>　本来、アニメーションとは、現実の不可能性を突破する奇跡を描く芸術であった。その限界を突破するエネルギーの源泉となる驚きは、フィルムのコマとコマの間の見えない世界にこそに潜んでいる。この映画は、何もかもが規格外でバカげている。それ積み重ねることで、そうした「アニメの本質」に迫っている。「これがアニメなんだ」という原点を、動きの快楽で触発しつつ、思い出させてくれるという点で、実に貴重な作品なのである。</p>

<p>『REDLINE』　公式サイト　ht<a href="http://red-line.jp/">tp://red-line.jp/</a></p>]]>

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<title>映画評　劇場版『機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-』</title>
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<modified>2010-10-30T01:01:19Z</modified>
<issued>2010-09-18T01:00:00Z</issued>
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<summary type="text/plain">劇場版機動戦士ガンダム00. 映画評:藤津亮太（アニメ評論家）ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-』はまっすぐな映画だ。幕が上がると、この映画自身が語らんとするラストまで一直線に進んでいく。そのストレートな語り口</summary>
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<dc:subject>アニメ・映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>文；　藤津亮太（アニメ評論家）</strong></p>

<p>　劇場版『機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-』はまっすぐな映画だ。幕が上がると、この映画自身が語らんとするラストまで一直線に進んでいく。そのストレートな語り口は、全50話からなるＴＶシリーズとずいぶん対照的だ。<br />
　ＴＶシリーズの『ガンダム00』は、どこか視聴者を宙づりにするような側面があった。　『00』は「人と人はわかりあえる可能性がある、という希望を新人類（イノベイター）への革新というＳＦの枠組みで語る」という、アーサー・Ｃ・クラークの小説に通じるようなたくらみを持った作品だ。だが、そのたくらみはなかなか明らかにならない。現実の写し絵のような政治・軍事の情勢に目配せしたかと思えば、エキセントリックな悪役の活躍を描き、サブキャラクターのメロドラマで物語を牽引する。物語のラストも、「人と人は分かり合える」可能性は示しつつも、軸足はイノベイターが切り開く未来像にはなく、戦乱の時期を経た人類はどのような未来を作っていくのか考え続けなくてはならない、という方向でまとめられていた。視聴者はここで意図的に理想と現実の間に宙づりにされている。むしろこの宙づり感覚こそTVの『00』らしさであり、作品が目指した“リアル”であったと思う。</p>

<p>　劇場版は『00』が孕んでいたＳＦ的なコンセプトを全面展開、非人間型宇宙生命とのファーストコンタクトを題材とした。『00』の骨格が前面に出た結果、ＴＶシリーズで骨格の上に盛りつけられていた「戦争／平和」「憎しみの連鎖」などの宙づりでなくては描き出せない要素は後ろへ下がり、イノベイターがどのような未来を切り開くかが具体的に、ストレートに描き出されることとなった。<br />
　物語の発端は、木星から謎の宇宙生命体ＥＬＳが現れたこと。先に地上に落下したＥＬＳによって世界各地で異変が起こり、危機を感じた地球連邦は接近するＥＬＳの大群に対し、宇宙艦隊による総力戦を企てる。ＴＶラストで人類に対する“外部”として存在する決意を固めたソレスタルビーイングも地球連邦軍の戦いに協力する。そうした状況を経て、刹那は新型ダブルオークアンタを操ってＥＬＳとのコミュニケーションを試みる。<br />
　登場するキャラクターの数は多いが、本作は徹頭徹尾、刹那の物語だ。洗脳された少年兵、戦うことでしか平和を求められないガンダムマイスター。いずれにせよＴＶでは名を問われることのない兵士だった刹那が、イノベイターとして宇宙に奇跡を咲かせる。劇中で、自分が生きている意味があったとつぶやく刹那という青年の、人生の結論がそこで示される。それは『00』の物語を締めくくるのに非常にふさわしいビジュアルであった。<br />
　また特に印象深いのはエンドクレジット後に語られるエピソードだ。そこでは「すべての原点となった過去の風景」「刹那の示した未来を生きる人類の姿」「刹那のドラマの終着点」が描かれる。<br />
　「すべての原点となった過去の風景」と「刹那の示した未来を生きる人類の姿」は、『00』という物語における「問い」と「答え」だ。この「問い」から「答え」に行くまでの200年を超える試行錯誤こそ『00』という物語の本質であった。その長い時を一瞬で跳躍するシーンとシーンの間に、刹那を始めシリーズに登場したさまざまなキャラクターの生が凝縮されていることを思う時、ある種の感慨が生まれる。<br />
　また「刹那のドラマの終着点」に登場するのは、社会的な立場もなにもかもが消え去った一組の男女。キャラクター固有のドラマの締めくくりとしても十分ロマンチックだが、当欄は、200年超の歴史の中に消えていった人々の中にもこのような忘れがたいドラマがあり、その象徴としてただの男女でしかなくなった２人の姿が描かれたと捉えた。</p>

<p>　以上、主にドラマ面から劇場版『00』の特徴を探った。もちろんキャラクターの繊細な表情、膨大な物量と激しいアクションで見せるＥＬＳとモビルスーツの戦いなど、劇場版らしい密度の高いビジュアルがこうしたドラマを支えているのはいうまでもない。<br />
　ちなみに「ファーストコンタクト」「人類側の戦争を含めた複雑な事情」「根底に流れる男女の情愛」と本作を構成する要素を取り上げてみると、ジェームズ・キャメロン監督の『アビス』（'89）と非常に近い種類の映画であることがわかる。この部分さえわかれば、ＴＶシリーズに依るデティールがわからなくても興味深く見られる映画であると思う。</p>

<p><strong>劇場版『機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-』</strong><br />
<a href="http://www.gundam00.net/">http://www.gundam00.net/</a></p>]]>

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<title>「舞台版イナズマイレブン」　レビュー</title>
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<modified>2011-09-04T02:11:03Z</modified>
<issued>2010-09-11T04:00:00Z</issued>
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<created>2010-09-11T04:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">白状すると、私は「イナズマイレブン」のファンではなかった。というよりも、何の予備知識もなしに私はこの舞台を観た。結果…かどうかはわからないが、やはりライブパフォーマンスはイイ！</summary>
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<name>animeanime</name>


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<dc:subject>そのほか</dc:subject>
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<![CDATA[<p>by ロミ</p>

<p>白状すると、筆者は「イナズマイレブン」のファンではなかった。というよりも、何の予備知識もなしに筆者はこの舞台を観た。結果…かどうかはわからないが、やはりライブパフォーマンスはイイ！と素直に感じることができた。今ではすっかり「舞台版イナズマイレブン」のファンである。</p>

<p>平面的で広いサッカーフィールドをどうやって舞台で再現するのか―？それが舞台を目にする以前に筆者が抱いた疑問だった。その答えは「空間を３次元的に利用する」にあった。公演の行われているGロッソはヒーローショー専用の劇場、思った以上の立体ステージとなっている。奈落などの設備も充実しており、これなら存分に超次元サッカーが展開できる。さらに、平面を立体に見せるということは、観る側の想像力によって補うことが不可欠であり、つまりこの舞台を楽しむには、観客の「協力」が必要となる。</p>

<p>本作の主人公・円堂が必死に足りない部員数を集めるために勧誘する場面でも言っているが、サッカーは世界中で最も競技人口の高いスポーツであり、言葉のわからない相手でも一緒にプレイできる。万国共通語とも言えるほど皆が知っているサッカーだからこそ、広いフィールドを舞台上でそのまま再現せずとも、ボールを追ってシュートが決まるか決まらないかで試合内容を把握できるのだ。<br />
ステージの構造については、<a href="http://animeanime.jp/review/archives/2010/09/post_62.html">ゲネプロレポート</a>に詳しいので割愛するが、シンプルなため一見シュールに見える。ただし、下手に大道具に凝ってしまうと、せっかくのキャラクター再現度が目立たなくなってしまうだろうし、背景も含めての総合的な「似てる・似てない」になってしまうので、これが正解だろう。おそらく子供たちには、ゲームやアニメで親しんだ練習場やスタジアムの背景が心の目で見えるに違いない。<br />
しかし役者さんたちも大変である。３次元舞台を上下左右しての芝居（カツラなどで視界が狭くなりながら、そのキャラになりきる役作りも含む）、他にも歌って踊って、飛び降りたり宙返ったり、ワイヤーに吊られたり…等々、とにかくアクション目白押しなのである。これなら子供達も大喜びに違いない。（一緒に観に来ていたお父さんたちも「凄かったなー」と感想を漏らしていた。）おまけに最後には、意表をつく「大技」が待っている。<br />
そしてほとんどの観客の方は、やはりキャラクターがどれだけ忠実に再現されているのかが気になるところだろう。その肝心の再現性だが、その半端なさは<a href="http://animeanime.jp/report/archives/2010/08/post_228.html">稽古レポート</a>にもある通りである。<br />
サッカーは１１人揃わなければできないため（ライバルの帝国学園側が５人しか登場しない、というのはこの際置いておく）舞台の上には必然的に人数が多くなる。だが、それぞれがきっちりとキャラ立ちしている。円堂の絶えることのない笑顔、あくまでポジティブな性格は、さすが弱小チームを引っ張っていくだけのキャプテンだけある。原作の円堂の様子を想像できる。クールな豪炎寺も、原作では寡黙でありながら、優しい妹思いの性格であることがうかがい知れる。筆者は原作をあまり知らないのだが、個々のキャラクターの特徴がハッキリしているため、誰がどんな性格なのか、何を動機として動いているのかが把握しやすかった。<br />
このようにキャラクターのバックグラウンドや心の葛藤の描写などをきっちり押さえているため、ドラマも子供がわかるようなシンプルなつくりながら、しっかりしている。友情や裏切り、家族愛が描かれており、親御さんたちも楽しめるだろう。単なる勧善懲悪ではない。（そもそもサッカーに善悪があるのかは疑問だが、影山総帥は策略家のワルである。）<br />
さらにドラマ上の長い会話シーンでは、段差のある舞台を活かして背景でサッカー練習を行うなど、ステージ上では常に何かが動いている、という工夫がなされており、小さいお子さんが飽きてしまうようなこともなさそうだ。逆に「目が忙しい」という感想があるほどで、リピーターとなって次はこっちのこのキャラを集中して観てみよう、という公演に通う動機づけになりそうである。ただし、ドラマ上重要なシーンでは、演技に集中できるように舞台上のキャラクターたちも観客と一緒に事の運びを見守る、という連帯感を感じる機会もある。<br />
所詮は荒唐無稽な世界観のゲームやアニメが原作、とたかをくくるところを、逆にあれだけ「これってサッカー！？」と、その一見ギャグかとも思える内容(そもそも球技に“必殺技”があっていいのか？という疑問がよぎる)に真っ向から取り組み、エンターテインメントに昇華させた手腕にただただ脱帽である。考え抜かれた演出には、役者さんのみならず、脚本家や演出家の方々がこの作品を理解し、そのエッセンスをいかに2Dから3Dに移すか、苦心されたであろう。だが、逆にこれくらい派手な演出で見せないと、見栄えがしない。「イナズマイレブン」の名がすたってしまう。<br />
そしてやはり、「イナズマイレブン」といえば大仰なアクションである。筆者は本物のサッカーボールを実際に蹴っていることからして驚いた。（試合のシーンでは演出上エアボールに切り替わるのだが。）さらにワイヤーアクションもこなせる若い俳優たちが、必殺技を披露してくれる。この最大の見所とも言える必殺技が、観ている側を「決まるのか？失敗するのか？」とハラハラドキドキさせる。ライブである以上、ともすれば失敗する可能性だってあるのだ。だがこれこそが、ライブパフォーマンスならではの興奮だろう。</p>

<p>つまりは、こうしたことすべてが、結果として総合的に演じる側と観る側に一体感を生み出すことになっているように思う。役者さんは、観客席までやって来て「サッカーやろうぜ！」と呼びかけてくる。「G」「O」「O」「D」と一緒に字をポーズしたり歌うことを促したりもする。映画の中ではカメラ目線となるため不特定多数の観客に向かって語りかけるが、「舞台版イナズマイレブン」では目の前に登場人物がやって来る。「入部しないか？」と誘われれば、思わず「OK！」と答えたくなってしまう。そして観客は、いつのまにか雷門中サッカー部員を応援しながら心の中で一緒にサッカーをしているのである。まるでW杯で日本国中が湧きながらサムライジャパンを応援していたように。共通のキーワードは「あきらめない」だ。同様の熱気を筆者は観客席で感じることができた。</p>

<p>とにもかくにも、舞台の最初（開演前の注意事項の説明からすでにはじまっている）から最後まで、「イナズマイレブン」の世界観をどう再現しているのか、一見の価値ありである。ちなみに、幕が降りたからと言って早々に席を立つのはオススメしない。なぜなら、「今日の格言」が用意されているのだから。<br />
一体感を持ちつつ味わう、それが「舞台版イナズマイレブン」の醍醐味だ。ぜひ、この超次元っぷりを劇場にてご堪能いただきたい。</p>

<p>-END-</p>]]>

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<title>「舞台版イナズマイレブン」ゲネプロ・レポート</title>
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<modified>2011-09-04T02:15:05Z</modified>
<issued>2010-09-09T05:00:00Z</issued>
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<created>2010-09-09T05:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">「舞台版イナズマイレブン」ゲネプロ・レポート。いよいよ初演を明日に控え、本番舞台のシアターＧロッソへゲネプロ・レポートに行って参りました！</summary>
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<name>animeanime</name>


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<dc:subject>そのほか</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　再びアニメ！アニメ！公式レポーターＴです。いよいよ初演を明日に控え、本番舞台のシアターＧロッソへゲネプロ・レポートに行って参りました！　ゲネプロとは、公演間近に舞台で行われる最後の全体リハーサルのこと。前回の、ダンススタジオで行われた通し稽古とは一転、モダンな階段状客席に座って見渡すＧロッソの舞台は、奥行きといい高低差といいガラリと違う趣で、非常に新鮮に映りました。今回は主に、通し稽古では見られなかった舞台装置や映像などについてレポートします！</p>

<p>　Ｇロッソは、ジオラマを構成しやすい起伏に富んだ舞台で、水平の三段ステージに加え、左右には張り出しもあって立体感抜群。緞帳が上がり、スクリーンにアニメーションを流しながらの人物紹介は、雷門イレブンに親しんだ子どもたちが心躍らせるスターティング！　前回はかぶりつきでの見学だったのに対し、今回はかなり離れての鑑賞。せっかくのメイクがしっかり見られなかったのは残念ですが、その分、マイクの音量が上がって、ライトもこまめに調整され、俯瞰的に全体を楽しめる感じでした。<br />
　さてさて、懸案の必殺技はというと…、キマってましたよぉぉ！　そりゃぁもう、度胆を抜かれる演出で、“ファイアトルネード”も“ゴッドハンド”も、子どもたちは大喜び（大ウケ？）すること間違いなく、“デスゾーン”にいたっては肝を冷やすかも？！　ライトやスクリーンがうまく使われていて、必殺技発動シーンはもとより、夕暮れの鉄塔広場や、帝国学園登場時のシルエットの妖しさ、宙を切るサッカーボールなど、狭い舞台を広く感じさせる工夫が随所に施されています。また個人的には、小道具を出し入れする黒子さんが、黒い審判服で働いている所に、芸の細かさを感じたりしました（笑）。</p>

<p>　話がやや舞台装置に偏りすぎましたが、役者さんの演技は前回同様ノリノリです！　主題歌は是非、一緒に合唱しましょう♪　また、円堂君が客席までスカウトに来たら、入部希望出してみるのも一興？！　豪炎寺君が客席を走り抜けたら、追いかけちゃダメですよ！　ミニスカートの夏未さんが高いステージに上がってても、紳士的にご覧くださいね。万が一、客席までサッカーボールが飛んできたら、そのときはさりげなく、こっそりと舞台にボールを返すのが吉。　<br />
　当日は、雷門イレブンの強力なサポーターとして、客席の皆さんも一緒に、フットボールフロンティア地区予選決勝を応援しましょう♪</p>

<p><strong>[演出家の大和田悟史氏に<br />
　　　　　「舞台版イナズマイレブン」の見所をうかがった]</strong><br />
｢アニメのものをイメージする方や、サッカーがお好きな方もおられると思います。皆さんが観て「あ、面白い！」という風に思えるものをお届けしたい。現在（８月下旬の時点）も引き続き、役者・スタッフ一同努力している最中です。<br />
原作のゲームやアニメーションが、人間ができないことをやる！という目的で作られているので、それを（生身の）人間でどうやるのか、どういう風にお客さんに伝えるのか。僕自身も幕が開いたときにどういう受け入れ方をしていただけるのか、非常に興味があります。役者たちもずっと稽古してきている中で作り上げてきてはいますが、やっぱり幕が開いてお客さんの前でやったときに「あ、これが舞台版イナズマイレブンなのか」というのを全員が理解すると思っています。｣</p>

<p>大和田悟史プロフィール： <br />
「実相寺組」所属の脚本家・演出家 。<br />
映画『MAIL』、『グミ・チョコレート・パイン』の脚本を担当。代表作に、演出も手掛けたミュージカル『忍たま乱太郎』がある。</p>

<p>　　　　　　　<a href="http://www.inazuma-butai.com/index.html"><img alt="IE_butai_logo.jpg" src="http://animeanime.jp/report/archives/IE_butai_logo.jpg" width="300" height="161" oncontextmenu="return false;"/></a><br />
　　　　　　　(c)LEVEL-5/FCイナズマイレブン・テレビ東京<br />
　　　　　　　(c)LEVEL-5/FCイナズマイレブンACT2010</p>

<p><strong>舞台版「イナズマイレブン」</strong><br />
<a href="http://www.inazuma-butai.com/index.html">http://www.inazuma-butai.com/index.html</a>日程：　9月4日（土）～9月12日（日）<br />
平日：　19：00開演　土日：12：00／17：00開演<br />
会場：　東京ドームシティ　シアターGロッソ<br />
URL：　<a href="http://www.inazuma-butai.com">www.inazuma-butai.com</a><br />
[チケット情報]<br />
ローソンチケット（発売中）<br />
イナズマイレブン特設電話番号：0570-084-707<br />
イナズマイレブン特設URL　<a href="http://l-tike.com/inazuma-butai">http://l-tike.com/inazuma-butai</a></p>]]>

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