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「特殊映像ラボラトリー」
第2回 河崎実監督ロング・インタヴュー(1)
/「ギララの逆襲」顛末記。あるいは怪獣映画への異常な愛情。
斉藤守彦
−河崎さん、「ギララの逆襲」やってる時、「オレは命賭けてるからね」って言ってたじゃないですか。
河崎
賭けてたもの。
こともなげに言い放つ、この軽さ。筆者と河崎実監督とは、彼の「河崎実大全」でインタヴューをさせてもらった他、メールなどでやりとりをしたり、時に仲間うちの飲酒にお誘いする、そんな関係である。
その河崎監督が、「オレは命賭けてるから、今回」と豪語した「ギララの逆襲」。彼は自身の事務所であるリバートップを通じてこの映画に出資をし、また監督として、プロデューサーとして参加を決めた。「映画とは、他人の金で自己表現が出来ること」などとほざく、どこぞの御仁は嘲笑するだろうか。
しかし、本気で自分が撮りたい作品を実現させるためには、どこかで経済的なリスクを許容しなければならないのだ。オーソン・ウェルズも、スタンリー・キューブリックも、フランシス・フォード・コッポラも、そして黒澤明もそうしてきたのだ。
■最初は「東京タワー/時々たけしと、しょこたんと、ギララ」を目論んでいた(笑)!
−どういう経緯で決まったんですか?
河崎
衛星劇場の深田さんという部長が、一昨年の国際映画祭で「電エース」を見て、「ああいうのを、うちでもやって下さい」って。それでギララの右手が残っているっていうんで、これを伏線にして、松竹の不良債権(笑)、いや、デッドコンテンツをなんとかしましょうと。それで鈴木さん(松竹の鈴木忍プロデューサー)が出てきて、タケ魔人というキャラクターを出すことになり、鈴木さんが「洞爺湖サミットがあるんで、それに便乗しましょう」って(笑)。
−あ、シノブのアイデアだったんですか?
河崎
その前に「東京タワー」に便乗しようとしたんですよ。リリー・フランキーの。「東京タワー/時々たけしと、しょこたんと、ギララ」(笑)。東京タワーの下に怪獣がいて、東京タワーは怪獣の角だったという(笑)。東京タワーってのは、我々としては怪獣映画の象徴だから。モスラもガラモンも、キングコングも壊した。
−で、それはダメが出たんですか?
河崎
ダメに決まってるじゃないですか(笑)。日本テレビが「東京タワーってタイトルは使うな」って言ってきた。
−ずーっとギララやりたかったんですか?
河崎
言ってみれば、怪獣映画って男の夢じゃないですか。ゴジラを撮りたいに決まってるけど、こんなゲリラ男に撮らせてくれるわけない。プロデュース的なことを判断して、オレにギララが来たのは運命かな、と。
−それが去年の年末の段階ですか?
河崎
年末の段階では、脚本が出来ていた。
−こういう話にしようってのは、最初から固まってたわけですか?
河崎
いや。オレの場合はね、プロットを書くんですよ。あとは右田昌万氏に書きかえてもらって、キャッチボールしながら書いて行く。出来たものは100パーセント、オレのものになってるってこと。いつもそうなんですよ。その時点で映画のルックは決まってるんですよ。だから、どうでもいいヤツらが入ってきて、朝まで徹夜して話すとか、そういうことは一切ないんです(笑)。
−松竹サイドからの要望って、どんなことがあったんですか?
河崎
一切ない。
−一切?
河崎
大御所Y監督が怒ったんだよ。
−Y監督、ずっと映画を撮ってきたけど、唯一やってないジャンルが怪獣映画だと。それでプロデューサーに「シナリオ見せろ」って言ってきたらしいですね。
河崎
監督がホンを直したって話も聞きましたよ。「コチラ」って怪獣映画を作りたかったらしいんですよ、60年代に。「あちらを立てればこちらが立たない」のコチラ。その話を聞いた時、爆笑しましたよ(笑)。
−なんだかなあ…。
河崎
オレは昭和の怪獣映画を作りたかった。パターンの怪獣映画ね。狂ったものを作ろうとしてるんだから。
−「命賭けてる」ってのは、名言だと思いましたよ。目がマジなんだもの(笑)。
河崎
みんな「またふざけて言ってるんだろ」って思ってたようだけど。でも実はマジだったんですよ。
これがプロデューサー・デヴューとなる、松竹の鈴木忍君とも、筆者は長いおつき合いがある。大御所Y監督の介入も、彼が巧みに交わしてくれたおかげで、制作は順調に進んだようだ。しかし、いざ興行ということになると、それはまた別問題があり…。
■ベネチア映画祭は、 実相寺監督だって行けなかったんだから!!
−最終的に興行収入はどうでした?
河崎
いやあ、興収で制作費回収は無理でしたね。P&A(プリント代&広告費)に大分つぎこんだというところもあるし。でもDVD収入と、海外販売でなんとか元をとれればな、と。
−リバートップも出資されてますよね。
河崎
もちろん。10%出資してますよ。
−それはエライと思いますよ。
河崎
エライとかそういうんじゃなくて、今回勝負したからね。バカ当たりさせたいし。
−出資する立場としては…。
河崎
でもね、何からなにまでオレがやったことですから。すべて自己責任ですよ。
−色んなこと言われたって、やっちゃったモン勝ちなんですよ。
河崎
そういうことだよね。作品は残るし、怪獣映画は特に残りますからね。
−ベネチア映画祭にも招待されたし。
河崎
ベネチア、でかかったですよ。親が喜びましたから。だって黒澤明、溝口健二…。
−北野武、宮崎駿、そして河崎実(笑)。
河崎
もう自慢しないと(笑)。いかにマルコ・ミューラーがオタクでも。
−彼は怪獣映画とか好きなんですか?
河崎
北野武の映画が好きだと。それでたけしが出ているってことでギララ見たら「なんじゃ、こりゃ?」って(笑)。
それから全部調べさせたんだって。「タケちゃんマン」も「日本以外全部沈没」も見て、「なるほど!!あんたは面白い!!」って呼ばれたんですよ。

−なぜギララをコンペ部門に出さなかったんですかね?ポニョと戦ったら快挙ですよ。
河崎
グランプリが、ミッキー・ロークの「いかレスラー」みたいな話でしょ?(笑)。
−いかじゃないっ!!
河崎
まあスペインにも行ったしね。
−シッチェス。あそこはファンタスティック映画祭の名門でしょ。
河崎
金かけてましたよ。
−これから河崎作品は、ベネチア出品がちらついてくる。
河崎
ベネチアはもういいんで、あとはカンヌとベルリンをどう制覇するかだね(笑)。来月、シドニー映画祭に行くんですよ。「コアラ課長」とギララが招待されてて(笑)。オーストラリアだもん。コアラですよ。
マルコ・ミューラーとは、ベネチア映画祭のプログラミング・ディレクターのこと。大変な日本映画好きとして知られる男である。筆者は10月に都内で行われた、彼の講演を聞きに行ったのだが、クロサワ、オヅなどの名作だけではなく、60年代のプログラム・ピクチャーなどにも愛情が深いことに驚いた。
そんなマルコだからこそ、今年のベネチア映画祭のコンペ部門に北野、宮崎、押井の新作が、またミッドナイト・シネマ部門に「ギララの逆襲」が上映されたのだろう。
河崎実監督ロング・インタヴュー(2)に続く
[筆者の紹介]
斉藤守彦
1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。
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