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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」
第17回 特撮本ぶっちゃけレビュー
斉藤 守彦
●あの時の少年たちは、感涙必至の好著「ウルトラマンになった男」
最後にウルトラマンのスーツアクター(という呼び方は、当時なかったが)であった、古谷敏氏の回想録「ウルトラマンになった男」を取りあげたい。
河崎実監督が、本書を読んで「泣いたよ。涙がぽろぼろ。ウルトラマンを好きでよかった、と心底思った」と、自身のブログに感想を書かれていたが、まったく同感。少年時代に「ウルトラマン」「ウルトラセブン」を見た者にとっては胸が熱くなる、感涙必至の好著である。
平成ウルトラ放映中に、スーツアクターの存在が注目を浴び、特撮雑誌等に登場することはあったが、それはどちらかといえば、新作のパブリシティ的な扱いであり、旧作映画やTVシリーズでのスーツアクターの仕事ぶりということになると、初代ゴジラ・中島春雄氏への取材記事、きくち英一氏や平成ゴジラ・シリーズの薩摩剣八郎氏による著書等はあるが、彼らの演技と映像的な効果を客観的な視点で捉えた研究や、掘り下げた検証は行われてこなかった。そういう意味では「ウルトラマンになった男」の刊行は、遅すぎた感さえある。日本人であれば知らない者はいないであろうビッグ・タイトル「ウルトラマン」の、タイトルロールを実質的に演じた俳優が、自ら舞台裏や撮影中のエピソード、苦心談などを書き記したのだ。後にも先にもこれほどリアルな記録が、世に出ることはないだろう。
本書での白眉は、古谷氏がウルトラマンという“主役でありながら、顔を出して演技が出来ない”ことに対する、俳優としてのジレンマが描かれていることである。苛酷な撮影に耐えかね、降板を申し出る決意をした古谷氏は、円谷プロへ行くべく渋谷からバスに乗る。ところが車内にいた4人の子供たちが、ウルトラマンの話題に夢中になり、興奮している様子を見て、降板を思いとどまる。このくだりは、素晴らしく感動的なエピソードだ。「ウルトラマン」をリアルタイムで見た読者の多くが、この時の4人の子供たちと自分を重ね合わせたことだろう。
発見も多々ある。ウルトラマンのスペシウム光線を発射するポーズが、実は「理由なき反抗」のジェームズ・ディーンに影響されたものだとか、古谷ウルトラマンにとって、最強の怪獣はゼットンでもメフィラス星人でもなく「中島さん」だったこと等々…。
ちょっと照れくさそうで、しかし気配りを忘れない丁寧な文章は、爽やかで気取りがなく、読みやすい。ただし「ウルトラセブン」終了後に立ち上げた催事会社ビンプロモーションを撤収したあたりから2007年まで、一気に文章が飛んでいるのが気にかかる。無論その時代は、直接ウルトラとは関係なく、筆者としても胸に留めておきたいであろう。その気持ちは分かるのだが、空白の時間を“ウルトラマンを演じた男”が、どう過ごしていたかは、ぜひとも知りたいところである。
本書の誕生は、2007年秋に古谷氏が成田亨展を見に行った際、成田夫人あてに名刺を置いて来たことが発端となった。その後取材を受けたことから、アンヌ=ひし美ゆり子が古谷氏と再会を果たし、彼女の勧めで“フルヤちゃんしか知らないウルトラマンの話”を語ることになり、それを書籍として実現させたのが、現在円谷プロでプロデューサーを務めているフジ・アキコ=桜井浩子だ。本書の執筆中も、アンヌは「アマギ隊員、ちゃんと書いてますか?」と連絡をし、著者を激励したという。「ウルトラマン」ではスーツアクターとして、「ウルトラセブン」では俳優として、古谷氏の人柄と仕事ぶりを知る、ふたりのヒロインの努力なかりせば、本書が世に出ることはなかっただろう。
ウルトラマンを好きで、本当に、本当に良かった。
(1)時ならぬ、特撮本乱発の理由は?
(2)川北特技監督が存分に、そして赤裸々に語った「特撮魂」ほか
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