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2009.02.25
0斉藤守彦の特殊映像ラボラトリー ][ 第5回クールアニメ・マーケティング・ヒストリー ]
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第5回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)前編
TVセカンド・シリーズとの差別化を目指した「ルパン三世(ルパンVS複製人間)」は、「ナイル殺人事件」とのセットで全国を席巻した。

斉藤守彦

【ホワット・イズ・クールアニメ?】
 それにしても「クールアニメ」とは、よくぞ命名したものである。現在テアトル新宿で開催中の「クールアニメ・セレクション」における「クールアニメ」の定義とは、「コアから派生する一般アニメで、作家性の強い作品」とのことだが、我が「特殊映像ラボラトリー」では、これにマーケティング的要素を加えたい。
 つまり、従来のファミリー向けアニメ映画が、いわゆるブロック・ブッキング=邦画系で上映されてきたことに対して、クールアニメは洋画系=フリーブッキングでの上映が中心である。マーケティング的な視点で両者の最も大きな違いを述べるとすれば、邦画系での展開は特定期間、特定の映画館での上映であることに対して、洋画系では作品の成績本意で上映期間は柔軟に延長(あるいは短縮)することが出来、また上映館も同様に作品の興行力を反映したスケールになり得るあたりだ。
 
【「宇宙戦艦ヤマト」のヒットが、アニメ映画のマーケティングを変革した!】
 「東映まんがまつり」を代表とする、我が国のアニメ映画といえば、幼児層を狙ったファミリー向け番組として邦画系で上映というパターンが、それまでの主流であった。ところが1977年8月公開の「宇宙戦艦ヤマト」が洋画系での展開で配給収入約9億円を計上。また観客の中心もファミリーではなくティーンエイジャーと、アニメ映画の新しいサクセス・パターンを創り上げた(それ以前も、手塚治虫の「千夜一夜物語」「クレオパトラ」「哀しみのベラドンナ」など、大人向けアニメ映画を洋画系で上映した前例はあったが、「ヤマト」ほどの興行的成功は見られなかった)。

 その「ヤマト」のヒットから1年余。東京ムービー新社(現・トムス・エンタテインメント)が初の本格的長編劇場用アニメ映画として「ルパン三世」(ここでは他のシリーズ作品と区別するために、「ルパンVS複製人間」と呼称する)を製作。1978年12月16日より東宝配給によって全国公開される。
 興行展開の中心となる、いわゆるチェーンマスターは、東宝洋画系の丸の内東宝で、独自のチェーンを形成するこの劇場網は「グレート・ハンティング」「アドベンチャー・ファミリー」など、エンタテインメント要素が濃厚な作品をヒットさせていた。その正月番組に起用された「ルパンVS複製人間」だが、この作品には興味深いメイキング・エピソードが存在する。まずは、それをひもといてみよう。 

【故・藤岡豊が目指した、“大人のためのアニメ「ルパン三世」】 
 「ルパン三世」はファースト・シリーズ23本が1971〜72年にオンエアされたものの、低視聴率で終了。ところが再放送で人気シリーズとなり、1977年10月からはセカンド・シリーズがオンエアされたことは広く知られるところだ。視聴率的にも前シリーズの汚名を挽回したセカンド・シリーズ。その支持層は、主に中・高校生のアニメ・ファンだった。
 ティーンエイジャーの人気を得た「ルパン三世」の映画化といえば、テレビと同様、十代の観客を狙うのがビジネス上のセオリーだが、当時の劇場版スタッフは、セカンド・シリーズの人気に便乗するのではなく、むしろセカンド・シリーズとは異なる内容で、より高い年齢層を狙った。これは東京ムービーの創設者である、故・藤岡豊が「色気のある、大人のアニメを作りたかった」との意向が、大きく反映された結果だという。

 「ストーリーも、絵の展開も、いかにスケールアップ出来るかが映画のポイントとなった。つまりテレビ・シリーズとの差別化を第一義に考えた」とは、「ルパンVS複製人間」当時、東京ムービー新社で宣伝・営業担当を、現在はトムス・エンタテインメントのスーパーバイザーを務める熊井良助の証言だ。
 「クローンの登場には、賛否両論があったが、前述の理由(テレビとの差別化)の理由で採用が決定。また、劇場用アニメ化が決定した1977年当時は、007シリーズが絶好調で(77年12月に公開され、配収31.5億円の大ヒットを記録した「007/私を愛したスパイ」と思われる)、「ルパンVS複製人間」も相当に意識し、息をもつかせない、観客の想像を絶するアクションに、スタッフは苦心した」。

 実際に、この“原点回帰”を目指した劇場版の監督候補には、ファースト・シリーズ初期編を演出した、大隅正秋(現・おおすみ正秋)の名があがったという。ところが「映画としての新しい魅力を構築する意味から、吉川惣司監督が劇場用として打ち出した、“クローン”に勝負を賭けた。
 SFタッチの内容にしたことも、テレビとの差別化を図ったことが最大の理由」と熊井は言う。どこまでも東京ムービー新社が目指したのは、“ヒットしたTVアニメの劇場版”ではなく、“1本の映画として、オリジナルな魅力を持つ、大人の観客向けの作品”であったのだ。
 
【配収9.15億円の背景にある、絶妙なマーケティング戦略】 
 さてそうした製作サイドの意気込みは、マーケティングに反映されたのだろうか?データをもとに、多角的に検証を行いたいところだが、なにしろ30年以上前の作品とあって、興行成績などの詳しいデータが残されていない。加えて東宝は旧作の興行成績とその推移を現在一切公表していない。それ故断片的なデータから全体像を類推するしかない事情を、お察しいただきたい。
 結果から言えば、「ルパンVS複製人間」の配給収入(現在では興行収入=興収が映画の収入を表す単位となっているが、1999年までは配給収入=配収であった。興収は入場料金のトータル額で、配収は、そこから配給会社が得る金額を意味する)は、「キネマ旬報」780号によれば9.15億円あり、これは1979年(78年12月に公開された正月映画は、精算のタイミングから79年作品として扱われる)に東宝が配給した作品(番組)中、第4位の成績。1位は「あ々野麦峠」(14億円)、2位「ベルサイユのばら」(9.3億円)、3位「炎の舞」「ピンク・レディーの活動大写真」(9.2億円)で、5位は「ホワイト・ラブ」「トラブルマン・笑うと殺すゾ!」(8.6億円)であった。10億円の大台を超えずとも、大健闘の成績と言える。東宝としては「チャンピオンまつり」などでファミリー・ターゲットのアニメ映画は扱い慣れていたものの、大人をターゲットにしたクールアニメは初めての経験であった。

 当時のマーケット環境も考慮した上で、「ルパンVS複製人間」という作品のビジネス・パワーを検証すると、いくつかのユニークなマーケティング戦略を発見することが出来る。
 まず第一に、「ルパンVS複製人間」の配収の成り立ちについて検証してみよう。前述した通り、「ルパンVS複製人間」は、丸の内東宝をチェーンマスターとした、東宝洋画系で公開された。メイン館である丸の内東宝は、「公開前日から熱狂的なファンが押し寄せ長蛇の列を作り、丸の内警察署の警官までが、観客整理に参加する結果となった」とは、これまた熊井の証言。
 ユニークなのは、この映画のローカルでの上映方法だ。東宝は子会社である東宝東和が配給するイギリス映画「ナイル殺人事件」との2本立て番組で、「ルパンVS複製人間」を上映したのだ。映画のマーケットは、9大都市(東京・大阪・名古屋・札幌・川崎・横浜・神戸・京都)とローカル地域に大別されるが、この9大都市のうち名古屋・福岡・札幌と、ローカルが「ルパンVS複製人間」「ナイル殺人事件」を2本立てで上映した。当時は映画館数の少なさをカバーする意味でも、ローカルでは2本立て興行が主流であった。

 そうしたマーケット環境を考えても、親会社と子会社という関係こそあれ、違う配給会社同士が2本立てを組むという事態は、極めて珍しい。当時の配給関係者によれば、この2本立てを提案したのは、親会社である東宝とのことだ。つまり、1979年の時点では、現在とは逆にマーケットでは洋画の力が強く、東宝としては洋画系に邦画、それも未経験の“大人向けアニメ”を公開することに不安があったのだろう。女性をメインターゲットに据えた「ナイル殺人事件」とのカップリングは、「ルパンVS複製人間」にとっても有効であり、豪華2本立てというお得感を与えることも出来る。
 その狙いは当たった。「ルパンVS複製人間」が配収9.15億円をあげたのに対して、「ナイル殺人事件」は、実に19億円を計上した。これは1979年における、洋画配収第2位(第1位は「スーパーマン」の28億円)にあたる成績だ。つまり「ルパンVS複製人間」「ナイル…」の2本で、計28.15億円の配給収入をあげたことになる。この番組配収28.15億円を、いかにして各作品に配分したかといえば、これは東京と大阪のロードショーの成績を基準にして比率を決定する(配給関係者が言う「アロケーション」)。

クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)後編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)前編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)後編

[筆者の紹介]
斉藤守彦

1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第5回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)後編

斉藤守彦

【豪華2本立て番組は、その後のシリーズでも継承された】 
 製作サイドでも、この2本立てが「ルパンVS複製人間」の観客層の拡大に貢献したことを認めており、「ローカルの映画館では、午後2時までが『ルパン…』の観客で、夕方以降は『ナイル…』目当てのカップルが来館。
 結果的に『ナイル…』を見に来たカップルにも、『ルパン…』を見てもらうことが出来、映画館としては昼間から客席が埋まった、と千葉の劇場から感謝されました」(熊井の証言)。

 配給を手がけた東宝と東宝東和が、この2本立てとその興行成果を高く評価したことは、「ルパンVS複製人間」に続いて製作された「カリオストロの城」が「Mr.Boo!/ギャンブル大将」、「バビロンの黄金伝説」が「ランボー・怒りの脱出」と、いずれも東宝東和配給の外国映画とのカップリングで公開されたことが証明している。
 では、もし仮に「ルパンVS複製人間」が現在のように、全国1本立てで公開された場合、9.15億円という配給収入(今日の興行収入に換算して、約18.3億円)をあげることが出来ただろうか?
 正直なところ、それには疑問が残る。「ルパンVS複製人間」の東京地区の興行収入は2.53億円で、これは80年における洋画系上映作品では第19位にあたる。18位の「ディア・ハンター」が都内興収2.79億円、配給収入4.4億円だったことから、「ルパンVS複製人間」はかなりローカルでの上映で“得をした”ことになる。また90年代に公開された「ルパン三世」シリーズの劇場用映画「くたばれ!ノストラダムス」「DEAD OR ALIVE」が、それぞれ全国1本立てで上映され、配収5億円以下しかあげられなかったことを考えると、ローカル地区における「ルパン…」「ナイル…」の2本立ての強さを、改めて思い知らされるというものだ。
 
【1983年にリバイバル公開された「ルパンVS複製人間」】
 「ルパンVS複製人間」に続いて1979年12月に公開された、シリーズ第2作「カリオストロの城」は、当初の想定を下回る興行成績に終始した。この時代、都内ではロードショー劇場、邦画封切館の他、二番館や名画座といった映画館が点在した。下番線と呼ばれるそうした映画館では、「ルパンVS複製人間」と「カリオストロの城」の2本立てが、当時頻繁に上映されたことを、筆者は記憶している。
 私自身が「ルパンVSクローン」と「カリオストロの城」の2本立てを鑑賞したのが、記録によると1981年7月24日。池袋の名画座・文芸地下であり、夏の暑さをさらに倍加させるほどの混雑ぶりを、はっきりと覚えている。

 こうした「ロードショー公開時には話題にならなかったが、下番線で人気を集める」、いわゆる“名画座ヒット作”が、当時は存在した。ジョージ・ルーカスの「アメリカン・グラフィティ」しかり、タイムトラベルSFの名作「ある日どこかで」しかり。「カリオストロの城」の場合、その後押しをしたのは、アニメ雑誌での記事や、宮崎駿監督の特集でその面白さを、遅ればせながら知った観客たちの存在であることは間違いない。
 この傾向は大都市の下番線だけのものと思いきや、それが全国に拡大したのには驚いた。時に1984年秋。同年8月に東宝が公開した「零戦燃ゆ」が、予想以下の成績となったことで、急遽「ルパンVS複製人間」「カリオストロの城」のリバイバル公開が、東宝邦画系の映画館で行われたのだ。9月15日から3週間、「アニメージュ」のアニメ・グランプリベスト1受賞記念、という名目での上映で、ルパン2作品と「うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー」(地域によっては「超時空要塞マクロス」)がセットされた、アニメ・ファン狂喜、まさに夢のような番組であった。

 当時の新聞広告を見ると、東宝邦画系のメイン館である千代田劇場こそ「零戦燃ゆ」を続映したものの、渋谷、上野、新宿といった都内をはじめ、川崎、小田原、横須賀、甲府、静岡、浜松あたりまでこの番組の公開が告知されていることから、全国的に上映されたと判断して間違いないだろう。
 こうした下番線上映、大規模なリバイバルまで行われた「ルパンVS複製人間」の、今日までの配給収入は、初公開時の9.15億円を上回り、現在では10億円に達していることは、想像に難くない。

【映画のマーケティングとは、作り手の「意思」を拡大していく作業】 
 いかなる映画においても、その源泉は「意思」である。「作品」を創るという作業は、その「意思」に形を与えることに他ならない。「ルパンVS複製人間」の製作にあたり、故・藤岡豊は、当初から目論んでいた「大人向けのアニメ」を目指し、ティーンから支持されていた、セカンド・シリーズとは明確な差別化を行った。
 そうした「意思」の中で、吉川監督は「クローン」というSF的な要素を「ルパン三世」というフォーマットに込めた。「作品」を「配給」「興行」といった手段で、「商品」として流通していくことは、つまり、形を持った「意思」の拡大作業に他ならない。

 「ルパンVS複製人間」は、配給・興行各社のマーケティング戦略によって、商業的には成功を収めることが出来た。しかし、その成功は、果たして藤岡の「意思」を充分に反映したものであっただろうか?
 「『ナイル殺人事件』との2本立てがティーン層を集めて成功したことが、『カリオストロの城』では観客の対象年齢を下げることにつながった」との指摘も無視することはできまい。

 原作者モンキー・パンチから、映像化にあたっては全権を委託されている、東京ムービー新社の経営者としての藤岡の「意思」は、成功を収めたが、クリエイターとしての思いはどうであったのだろうか?
 もしもそれが全う出来なかったとするならば、その「意思」を実現して成功に導くことは、今日でも新作を作り続けている「ルパン三世」シリーズに関わる者たちの責務ではないかと思うのだが、いかがだろうか。

クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)前編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)後編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)前編

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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第5回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)前編
クールアニメの代表作「アキラ」は、“作家を守る”出版社の姿勢を活かして作られた。

斉藤守彦

「皆さん、心地よい疲労感をお感じになっているようで…」。

 今でもはっきりと覚えている。1988年7月。公開直前に行われた「アキラ」の披露試写会。それに続いて帝国ホテルで開催された、完成記念パーティ(バブル時代は、何かにつけてこの種のパーティが行われていた)における、松岡功東宝社長(現・会長)の、これが乾杯の挨拶であった。
 今やクールアニメの代表作と言っても良い「アキラ」だが、そのメイキング・エピソードはほとんど明らかになっていない。そこで「アキラ」に製作担当として参加した講談社の角田研に、映画化に至る経緯などを聞いてみた。
 
【「アキラ」の監督候補には、押井守の名前も挙がっていた】 
 
−そもそも、なぜ講談社が製作委員会を組成して、「アキラ」をアニメ映画化しようとしたんですか?
角田
80年代の半ば、講談社は映像分野への進出を試みていました。「アキラ」の前には「SF新世紀・レンズマン」というアニメ映画や、記録映画「東京裁判」などを製作しています。 

−原作者の大友克洋さんを監督に起用したのは、当初から決まっていたのでしょうか?
角田
いいえ。最初は別の監督をたてる予定で、候補者の中には押井守監督もいました。ただ、どの監督にしても原作者が納得しない。ついには「自分でやるしかないか」と言い出して…。

−こだわりのある原作者ですもんね(笑)。
角田
でも「アキラ」では、それが良いほうに出ました。大友さんご本人はいたって気さくな方なのですが、スタッフは最初「とっても厳しい人らしい」とビビってました。
まあこういうのは、よくある「気の使いすぎ」なんですが、でもそういう緊張感を持っていたので、スタッフがみんな、最初から全力を出してくれたんですよ。

−とにかく「監督に叱られないように」という気持ちで(笑)。
角田
だからクォリティは、最後まで落ちなかったですね。

−当時「アキラ」は連載中でしたが、大友監督としては、映画版はどのようなストーリーにしようと考えたのでしょうか?
角田
大友監督の書かれたプロットだと…あの、「アキラ」って春木屋のシーンからドラマが始まるじゃないですか? 

−そうですね。山形が金田を迎えに来る。
角田
あそこへ行くまでに、大友監督の当初のプロットだと50分かかるんです。

−上映時間が、どれだけになるのか(笑)。
角田
それで、当時「スケバン刑事」などのシナリオを書かれていた、橋本以蔵さんを起用しました。東京ムービー新社の推薦です。
彼にストーリーの中心を、金田VS鉄雄の、いわば“個人対個人”の戦いに絞ってもらい、出来上がったプロットを大友監督が直す…というやりとりを7〜8回しました。

−「アキラ」が従来のアニメ映画と異なる、例えば声優さんたちの声を最初に録音するプレスコ方式や、芸能山城組の起用、CGの使用など、新しい方法論のすべては、大友監督の意向と見て良いのでしょうか?
角田
その通りです。プレスコは、録音の前に画コンテが上がらず、結局4回に分けて行いました。それでもコンテの完成は、録音前夜でしたが(笑)。また芸能山城組の起用にあたって、製作の代表だった、うちの鈴木(鈴木良平プロデューサー)が、山城祥二さんに「予算はいくらでも使って良い」と言ってしまったんです。
その瞬間、山城さんの眼がキラっと光り(笑)、彼は即座にビクターのスタジオを半年間押さえてしまいました(笑)。

−その一言を言ったが最後(笑)…。
角田
そのせいで、サザンオールスターズから苦情が来たそうです(笑)。
 
【東宝のお偉方は、「アキラ」に対して懐疑的だった】 
 「アキラ」に関する角田の話を聞いていると、公開後21年という年月を経た今日でも、未だ上映され続ける傑作を作り上げたという誇りと、その製作に携わったことの喜びが、ひしひしと伝わってくる。ところが公開時の状況は、必ずしも恵まれてはいなかったようだ。「アキラ」の宣伝プロデューサーを務め、現在トムス・エンタテインメントに在籍する芝裕子によれば、「アキラ」について当時の東宝のお偉方は、自信を持っていたようではないらしい。
 「『アキラ』は、私の宣伝プロデューサー・デヴュー作なので、当時のことを色々と覚えています。私が若かったせいもあり、関西支社のエライ人から、まずポスターについてお説教されました。最初に作った、ネオ東京の中心に黒い球体があるポスターは“暗すぎる”、バイクに乗ろうとする金田の後ろ姿を描いたものは“客に背中を向けるとは何事だ”と」。

 たかがポスターと言うなかれ。映画のマーケティング戦略上、ポスターは非常に重要な役割を果たすアイテムなのである。映画を製作する人々、配給に携わる人々、実際に映画館で観客に接する興行の人々。この三者が、どのような映画を作り、どのような映画でビジネスを行うのか。ポスターはそのシンボルであり、フラグシップなのである。
 「宇宙からのメッセージ」を撮影していた深作欣二監督は、広告代理店が作った、宇宙空間に宇宙船が浮かんだポスターを見て「俺たちは、こんな映画を作ってるんじゃない!竹槍でSFやってるんだ!!」と怒ったという。また「アキラ」と同じ年、東宝が配給した「となりのトトロ」と「火垂るの墓」のポスターを見て、東宝の重役が「暗すぎる。こんなポスターでは客は来ない!」と指摘し、徳間書店の鈴木敏夫と口論になり、「観客ってのは、映画を腹で見るんだ」との名(迷?)言を残している。
 ポスターとは、それほどまでに重要な役割を果たすのだ。当時の東宝のベテランたちが、まだ若い芝にそのことを諭したのも分からない話ではない。が、その後に作られた、おそらくは東宝のお歴々の意向も反映したであろう2種類のポスターは、最初のものに対して、あまりに見劣りする絵柄であったが…。

 それでも宣伝プロデューサー一年生の芝には、ある種の確信があったという。
 「当時の東宝宣伝部では、アニメ映画のパブリシティは、宣伝プロデューサーが自分でやっていました(実写映画の場合、パブリシティはパブリシティ室のスタッフが担当する)。なので多くのマスコミの方と接する機会があり、彼らと話していると、“あの『アキラ』が映画になるんだってね!!”といった、熱い反応をよく目にしたんです。ですから社内のお偉方が何と言おうと、私はこの映画の成功を信じていました」

 その芝が、「アキラ」の観客対象としてターゲティングしたのは、中高生から大人という層だった。さて実際にはどのような客層だったのか?芝が当時、上司に報告するために作成した「アキラ・レポート」には、客層や興行概況が詳細に記されており、このレポートの冒頭には、次のようなことが書かれている。
 「アニメ・イコール子供向き、という受け止められ方が公開まで、映画会社である東宝にも上映劇場にもあった。蓋を開けてみて、初めて観客の年齢層の高さに仰天したという。」

 「心地よい疲労感」とやらを感じつつ、今ひとつ懐疑的な東宝のお偉方を尻目に、「アキラ」は絶好調のスタートを切ったのだ。芝の目論見は当たった。いや、実際は彼女が想定した以上に、大人の観客が多かった。都内上映館である渋谷パレス座(現・渋谷シネパレス)では、一般券の売り上げ枚数が全体の51%を占め、高校・大学は29%、中学は7%という比率であった。
 芝はレポートで「一般客のほとんどが、大学を卒業したてのヤングサラリーマンで、原作『アキラ』の連載中からのファン(連載は昭和57〜61年だから、当時16〜18歳の人達)も多い。したがって、ロードショー期間中は最終回が混雑する。
 またオールナイトは、渋谷パレス座においてアニメ新記録を作った」と述べ、「劇場は『子供向きのアニメばかりではない。大人のアニメもある。』と、アニメへの認識を改めたということだが、一方では一般の観客の多さを『嬉しい誤算』だった、とも言う。しかし、宣伝的には“誤算”ではなくて、想像以上に良く来た、と見るべきだろう」と結んでいる。

クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)後編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)前編
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第5回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)後編

斉藤守彦

【“アニメに強い”名古屋だけの逆転現象】 
もう少し、データをあげてみよう。
 芝のレポートに書かれた、チェーンマスターであるニュー東宝シネマ1(現・TOHOシネマズ有楽座)での観客構成にも、“大人の観客”の優勢ぶりが現れている。

 ■ 第1週(7/16〜22)=一般72%、学生23%、中学生4%
 ■ 第2週(7/23〜29)=一般65%、学生25%、中学生6%

この傾向は、他の大都市においても、名古屋を除いて同様の現象を見せている。
 ■ 札幌プラザ2=一般46.3%、大学・高校生35.8%、中学生13.2%、小人4.7%
 ■ 札幌ポーラスター=一般55.0%、大学・高校生32.0%、中学生10.0%、
    小人3.0%
 ■ 名古屋名宝シネマ=一般35.6%、大学・高校生59.7%、中学生4.7%
 ■ 大阪三番街シネマ3=一般50.0%、大学・高校生40.0%、中学生・小人10.0%
 ■ 福岡シネマ2・3=一般46.2%、大学・高校生31.0%、中学生15.4%、小人7.2%
                                  (1988年9月1日現在)

 名古屋だけが大学・高校生の比率が60%を占めたのは、特にアニメが強い地域であり、「アニメ・ファンの高校生をよく集客したということか」と、レポートには記されている。観客の男女比は7対3で男性有利と、これまた芝が事前に予想した通りとなった。
 1988年7月16日より、ニュー東宝シネマ1、大友監督の希望によって1週間だけ70ミリ・バージョンを上映した日劇プラザ(現・TOHOシネマズ日劇3)をはじめとする、全国78館で公開された「アキラ」は、ムーブオーバーなども含め、配給収入7.5億円を計上した。東宝としては、経験のないタイプのアニメ映画だったが、これは充分にヒットと形容出来る成績である。

 また翌89年3月、“国際映画祭参加バージョン”と銘打った「アキラ・完全版」がテアトル新宿で公開されており、これが配収1億円をあげたと、当時業界紙記者であった筆者は記憶しているが、あいにくそれを証明する資料が見あたらない。
 なおこの「完全版」は「本編の数カ所、数カットと編集を直して、サウンドをつけ直したバージョン」で、劇場公開後に発売されたビデオ、LD、DVDなどのパッケージ・メディアはこのバージョンをマスターにしているとのことである。
 
【大友克洋を守り抜いた、講談社の“出版社としての姿勢”】 
再び角田との会話。

−結局「アキラ」の製作費は、いくらかかったんですか?
角田
当初の予算は5億円でしたが、最終的に7億円になりました。ただ、最近ブルーレイ・ディスクになったように、新しいメディアが登場すると、必ず商品化されるタイトルです。そういう意味では、息の長いビジネスを展開しています。

−アメリカで、「アキラ」のリメイクが計画されているという情報が、何度か入ってきたのですが、現在の進行状況は?
角田
ワーナーで作るとの話を耳にしましたが、現在どうなっているかは分かりません。おそらくシナリオの段階まで行ってないのではないでしょうか?
個人的な意見ですが、「アキラ」の舞台になっている2019年とは、つまり第二次世界大戦直後の日本をイメージしているんですね。オリンピックを間近に控えて、高度成長が始まろうという時期。そうした時代背景が、敗戦を経験していないアメリカ人では分からないと思います。
ですから、もしアメリカ版を作るのであれば、ワーナーのようなメジャーではなく、インディペンデントの会社のほうが相応しいでしょうね。

最後にした質問から得られた回答は、実に意義の深いものだった。

−なぜ講談社は、大友克洋という作家を、そこまで守ったのですか?アニメ制作中にも、色々とトラブルや行き違いがあったと思います。しかし御社は、大友克洋の意向のみならず、全人格さえ尊重したように見えます。
角田
それは、この会社が出版社だからでしょうね。事実、製作委員会の中でも、大友監督については様々な意見がありました。
ですが、その都度我々が大友監督の立場とその意向を守りました。出版社とは、作家を大切にし、守るところなのです。ただ…正直なところ、大友さんの個性を把握している私でも、数回彼に本気でアタマに来たことがありました(笑)。

 作家の意向を尊重し、守る姿勢。「出版社とは、そういうものだ。それは映画を作る時でも変わらない」というこの意見を、筆者は以前も耳にしたことがある。それは、宮崎駿監督のアニメ映画を作り続けた、徳間書店の総帥である故・徳間康快にインタヴューした時だ。
 「俺は、宮崎が頼んできたことに、NOと言ったことはないんだ」。生前の徳間氏は、そう胸を張った。それはまさしく、作家を大切にする、出版社を代表する者の姿勢であった。

 いかにテクノロジーが発達した世の中になろうと、映画をオートメーションで作ることは出来ない。そこには血が通った人間の主義主張、思想感情が宿ってこそ、初めて人の心を打つことが出来るのだ。コンテンツ・メーカーたる作家を守る姿勢を、映画製作においても曲げなかった出版社に対して、プロデューサーが圧倒的な権限を持つテレビ局は、映画製作の面でも監督よりも出資企業、製作者の意向を最優先しているのは対照的だ。
 いかに優秀なマーケティング・チームが携わろうと、クリエイターの息吹を感じられないソフトは、しょせんその時だけの流行りモノ。製作・公開後21年。多くの人々を魅了してきた「アキラ」は、これからもクールアニメの代表作として、輝き続けることだろう。
 大友克洋が描いた2019年まで、あと10年…。

(取材・資料提供にご協力いただいた皆様に、心から感謝を捧げます)

次回「特殊映像ラボラトリー」クールアニメ・マーケティング・ヒストリー その3に続く!!

クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)前編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(1)後編
クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(2)前編

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